Top Page » 読書の記録 » This Page

「いま、地方で生きるということ」をいま、読むということ

カテゴリ:読書の記録


かかわり方のまなび方」などの著者、西村佳哲氏の近著。
2011年8月11日、あの震災からちょうど5ヶ月のタイミングで世に出された本書。

「書評」というよりは、僕自身にどう反映できるか、という観点でこの記事を書いてみようと思います。

地方で生きる

インタビュイーが、「地方」とか「土地」というものと自分との関係性をどのように捉えているかが端的に見えるような箇所を引用してみました。
個人的には、この中だと川北さんと田北さんのお話に、感じるものがありました。

―塚原さんが生きてゆく場所を判断する決め手のようなものは?

塚原 ないですね。どこでもいい。栗駒で、と思っているのは水が合ったのかな。僕、軽くアトピーなんですけど、あそこに行ったら少し楽になったんです。

いま、地方で生きるということ

―コミットするのは?

川北 ・・・・・・地域ではないなあ。土地でもないね。
 場所というより「機会」みたいなものかな。自分は「機会」に身を置いて、そこで暮らしている感じがする。

いま、地方で生きるということ

柏崎 地元から「1回は出てみたい」と田舎の人は思う。私もとりあえず北海道の大学に行って都会に出て。暮らしてみて。でも、なんかちょっと物足りなかった。

(中略)

私は北海道で自然を相手に仕事をして、自然の見方を教わった。「北海道っていいところだなー」と思っていたけど、戻ってきたら釜石もいい。「なんだ、あるじゃない!」ってあらためて気づいて、もっと釜石が好きになったんですよね。

いま、地方で生きるということ

―この後のことは、どのようにお考えですか?

徳吉 都市に戻ることはないと思います。今も東京にいくと、少しおかしくなっちゃんですよ。

(中略)

 遠野の父ちゃんや母ちゃんはね、物事への働きかけが身体から始まるんです。家畜などの生き物にもそうだし、人間にも。

いま、地方で生きるということ

矢吹 (中略)
 自分の存在が肯定されることを、私は求めているのかもしれないなと思う。ここはそれをしてもらえている場所なのかもしれませんね。
 で、ここから離れることがあっても全然いいと思っている。
 でもまずは、ここを活かすことが大事で。私がこの場所とやれることを、まずは最大限やるっていうことが大事。私は離れることもできます。でもここから引っ越すことはできないとか、ここで生まれ育った人もいて、そういう人たちに、この場所にいることを肯定してもらいたいんだと思う。それで「はしご市」をやっているんだと思う。

いま、地方で生きるということ

―なるほど。「地方の時代」じゃなかったんだね。

笹尾 そう、なかったの(笑)。

―もっと小さな単位だったんだ。

笹尾 そうなんですよね。すべての原因がそこにあるような気がしている。私が抱いていた問題意識は、辿ってゆくと全部そこにいく気がする。
 原発だってそうかも、と思ったりもするんです。家族を二の次にして空き進んでいくこと?

いま、地方で生きるということ

―酒井さん自身は、離れる準備を始めているということですか?

酒井 最近それが強くなって、準備をしなきゃと思っています。

―じゃあ、福岡からどこかへ移る可能性もあるんですね。

酒井 はい。自分自身の家族を持つことであるとか、一住人として、どう生きてゆくのかも考えていかないと。
 離れるというか、自分の変化を起こしてゆきたい。
 「どうしたらいいかわからないけど、街をもっと住みよいところにしたい」と考えている人たちがいるところに行きたいな、という気持ちもあります。少し物足りなくなってきているのかな?

いま、地方で生きるということ

―田北さんは、自分が生きてゆく場所を決めてゆく時、何を手がかりにしますか?

田北 僕は「将来こうなりたい」っていう目標がないんですよ。まったくなくて。

(中略)

 どういう仕事でもいいんですよ。たとえば嫁さんの実家はガソリンスタンドなんですけど、そこから「来て働いてくれないか?」と言われたら僕は行く。で、その中で役割を見出せばいいと思っていて、僕自身には「こういうことをやりたい」というのは本当にないんですよね。
 だから自分が住むべき場所も、その時その時で決まっていく。杖立も最初から住もうなんて思っていなかった。あるおばちゃんと飲んで話していた時に、「よし、じゃあ住もうかな」と思ったんです。
 そこに身を委ねるのは自分にとってすごく自然なことで、それしか考えられないというか。
 いま僕は独身だったら、福島に移り住んでいると思うんです。

いま、地方で生きるということ

自分の思い通りにしたいわけじゃない

自分の思い通りにいくことで「気持ちよい」と感じるようじゃ、まだ半人前なのかな。
@kamioka
Yushi Akimoto

最近、ある種のコミュニケーションに違和感を覚えることがたまにあります。

「あなたのためですよ」「みんなのためだから」という言葉が建前に聞こえてしまうコミュニケーション。
「自分の思い通りにしたいだけじゃん」という違和感。

月曜のフェリーで本土に戻った学生のインターン3名の受入期間中、彼らに向けて、そして自分たちへの戒めとして、何度も出てきた言葉を思い出します。

「島暮らしで大事なことは?」と尋ねて、ほぼ全島で聞けた回答は、上記のような「自分の価値観は控え目に」と「島と島民を尊敬すること」のふたつ。

http://magazineworld.jp/brutus/715/

「地元に帰りたい」ということを強く意識した就職活動期以降、秋田への帰り方を模索することが僕の中で最大のテーマとして君臨し続けています。
一方、「秋田に帰ったらあれがしたい、これがしたい」という気持ちは、徐々に薄れつつあります。
強いて言えば、「秋田で幸せに暮らしたい」「楽しい仲間との時間を過ごしたい」くらいかな。
地域に対して何か働きかけたい、とか、こういう仕事がしたい、という具体的なアイデアがあるわけではありません。

対象も、手段も、すべては可能性というか、選択肢の一つだと思うようになりました。
僕が秋田への帰り方を決めかねているのも、むしろ日を増すごとに決める気がなくなりつつあるのも、その影響かもしれません。

下手に専門性を持って帰ってしまうと、たぶん手段もそれに引きずられます。
手順としては、「それが本当に必要とされていることなのか?」を考えることが、先なのに。

いずれにせよ、地域の為に、そこに住む人の為に必要なことを念頭に置く配慮が常に求められるはずです。
むしろ、それだけ注意深くいることができれば、スキルとか、手段とかは後で考えるくらいでいいのかもしれません。
海士町にいると、徐々にそんな考え方にシフトするようになってきます。
僕自身が、元々専門性を武器にこの島に上陸したわけじゃない、ということにも関連しそうですが。

そう、僕は自分の思い通りにしたくて、秋田に帰りたいわけじゃないんです。
秋田に帰り、そこで時間を過ごすことで、自分がフィットする場を少しずつ探す、そんな暮らしを望んでいます。

ここにそれを明記しようと思い至ったのは、本書を読んだ影響かもしれません。

田舎暮らしとの相性

僕は、田舎が嫌で都会へ飛び出したタイプの人間です。
何が嫌かって、コミュニケーションが嫌でした。苦手といってもいいかもしれません。

常に何かを前進させるようなコミュニケーションを求めてしまっていることに、最近気が 付きました。
「反省(後悔)が早い」ことは自覚している自分の特徴の一つですが、それとも共通しています。

基本的に、「日常会話」が苦手です。
本書の中では徳吉さんが「遠野の父ちゃんや母ちゃんはね、物事への働きかけが身体から始まるんです。」と言っていますが、僕の指す「日常会話」ももしかしたらこれに似ているのかもしれませんね。
物心ついたときからそんな感じだったためか、今でも結構悩むことが多いです。
笑いが生まれたり、新しい視点に気づけたり、関係性を深めたり、物事が前進したり、そのような会話ができないことにフラストレーションを感じます。

僕が地元に帰る上で最も懸念しているのは、この点です。
はっきり言ってしまえば、東京での生活は気楽で、ある種居心地の良いものでした。

この辺り、どう折り合いを付けていくか、未だに答えが見つかりません。
本書を読んでも、そこに困っていない人たちばかりで、「すごいな」と思ってしまいます。

それでも

いずれにせよ、僕が生涯身を置く場所を考えたとき、そこは東京でも海士でもなく、秋田であることに今のところ違和感はありません。
具体的なイメージもなく、やりたいことを腹に決めているわけでもないため、秋田に帰る上で必要なこともよく分かっていませんが、今は目の前のことにきちんと取り組むことくらいしかできないんじゃないかと思います。
やりきるということができない自分自身には未だに嫌気が差しますが、それでも秋田に帰りたいという気持ちに付き合ってやるためにも。


関連する記事