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秋田の婚姻率が低いのはなぜか―結婚しない/できないの根本

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秋田の婚姻率の低さはいったい何が原因なんだろうね、という話。

秋田は出生率は全国平均より高いが、高齢者比率がそろそろ全国一位であり、 このままだと人口は激減します。
だから少子化対策をしなければならない、という話になっています。

以前の記事…都道府県別出生率の違いとその原因について
→「女性の労働環境と結婚率・少子化の関係-都道府県別比較で分かること-

そこでTwitterで話題になっていたのは、「秋田の婚姻率はなぜ低いのか?」。
県では婚活事業を推進しているが、効果を疑問視している県民はきっと多いに違いありません。
秋田の話題が滅法好きな僕もその話についつい口を出していました。
僕の仮説は一言でいうと、「結婚のハードルが上がっているから」。
これは秋田に限ったことではないが、”大前提”になりうる話だと個人的には思っています。

@ ファイナルアンサーじゃないですけどね。僕は結婚したいと何となく思ってますけど。極論を言うと結婚に決意は求められても、根性とか気合とか「超いい人」であることが求められなくなったら楽だなあと思います。
@kamioka
Yushi Akimoto

僕は結婚したいと思っていますが、なんとなく「大変そう」というイメージがあります。
「夫」に対する世間のイメージは、仕事ができて、妻に理解を示し、良いパパの素養がある…etc
「そんなハイパーなダンナがどこにいる!」と僕は言いたくなります。
「全方位的にいい人」でなくてもいいのならば、僕はずいぶん「楽だなあ」と率直に思うわけです。

自分でつぶやいて思ったけど、結婚ってなんかすごい努力が必要っていうのが常識になっているような。
@kamioka
Yushi Akimoto

女性だって「妻」となることになんらかのプレッシャーを感じていると思うのですが、 つまり「結婚は大変」ということになっている、というのが日本の現状としてある、と感じます。
“結婚できない/したくない理由は、「大変」だから、ということに他ならない” ということを前提に考えてみると、構造が見えてくる。
そんな気がしてきました。

@ 個人の問題解決ならコーチングとかカウンセリングを頼るくらいしか思いつかないです。全体としては、要は相手を選ぶ自由が保障されていることに加えて、求める条件が高いというのが現状で、前者は必然な気がするから、後者を是正することを考えます。(続く)
@kamioka
Yushi Akimoto

「じゃあ結婚したくない/結婚が不安な人を結婚させるには?」と聞かれたので、その回答。
結婚への不安とかそこから来る拒否感というものを「個人」のせいとするなら、 とりあえず自分が具体的にどんなことを懸念しているのかを把握した方がいいでしょう。
ライフハックじゃないけれど、ネックがわからないと問題解決はしづらいわけですから。
そういう意味では「コーチング」や「カウンセリング」の手法は有効かもしれません。
(実はかなり適当な回答です。個人の問題と考えたら、問題は個人ごとに違うのだから。)

全体として、その心理がどんな構造によって生み出されているのでしょうか。
まず一つは「選択の自由」が恋愛―結婚の前提になりつつあること。
ネットでも恋愛コラムは常に供給されている状況であり、 「もっといい人がいる」と考える余地ができた反面、競争も激化しています。
もう一つは、先述のような 「いい働き手であり、いい夫であり、いいパパである」というようなハードルの高さによって 息苦しさを生み、多くの人がたじろいでいる、という状況になっているのではないでしょうか。

@ また極論ですが、例えば結婚後の生活費、養育費の半分を国や自治体が補助してくれる制度があれば、直感的には婚姻率はぐっと上がると思います。つまり、ハードルを上げているのはお金で、「お金」単独でハードルをクリアする人が少ないから、他のもので補完しようとしているのかなと。
@kamioka
Yushi Akimoto

このハードルを上げた要因というのは、ずばり「お金」なのではないでしょうか。
生活コストの上昇により、確実に「お金」の必要な額は上がりました。
ところが、日本の平均所得はむしろ下がっており、 「お金」がある人との結婚はまさに「競争」となっています。
「お金」だけで結婚市場で一人勝ちできる人は少ないとなると、 今度は「お金」で足りない部分を他の能力(やさしさ、理解、価値観etx)で補完するようになります。
「お金」がより多く求められるようになったために、他の能力のハードルも高くなったのではないかなと。

と言い切ってしまったが、世界的に「仕事と家庭・子育ての両立」に非常に関心が高いのは、仕事をしなければ生活できないからで、昔みたいな専業主婦モデルがキープできる経済的余裕があればそもそも両立を考える必要はなくなる、と思う。
@kamioka
Yushi Akimoto

これは文字通り。
もし仮に経済的余裕が生まれたとすれば、共働きする必要はないし、 それでも仕事が大事というなら、保育所などを利用すればすむ話です。
夫婦間でワークライフバランスの実現に力を入れることだってできます。
「待機児童の問題はどうする?」とつっこまれそうだが、 「結婚できない/しない理由」がここでの主題なので、ひとまず置いておくことにしましょう(実際には保育所を増やすことで出生率、あるいは婚姻率もあがると思う)。

結婚が大変なのはお金のせいだとすると

当然ながら、実際には結婚したカップルに多額の補助を出す、というのは現実的ではないが、 「大変」なのは「お金」の問題だ、と示すことができれば、対策はずいぶん見えてきます。

秋田の県民所得は全国的に見ても高くありません。
小・中学生は学力が高い割に大学進学率が低いのも、その影響があるかもしれません。
そうであるとすれば、家庭の教育に関する費用の負担が大きいとも言えます。
僕の仮説を確かめる一つの方法として、県内で婚姻したカップルの年齢と年収の調査が考えられます。

10代後半~20代前半の低年収層と、20代後半~30代の高年収層に二極化するかどうか

前者はいわゆる「できちゃった結婚」カップルという想定。
僕の中学の同級生にもいるが、若いうちから子どもを持った人もいます。
この層は全国どこを見ても一定割合でいるはずです。
「できちゃった」から産む。そこに(失礼ながら)計画性は見られないように思えます。

後者のイメージは正社員や公務員からキャリアをスタートし、 職場である程度の地位を確保した段階で「ではそろそろ子どもを…」と言う感じ。
直感的には、両者の中間層にあたるカップルの数は少ないはずです。
年齢にはばらつきがあるかもしれないが、年収に関しては外していない、と思います…。

※2011/02/09追記
ちなみに「二極化」の傾向が見られるというコメントもありました。
「私の周りはそうだ」「私の周りでは違う」というご意見あればコメントいただけると喜びます。

秋田の婚活事業の是非

これまでの仮説を前提にすると、秋田県の婚活事業の効果はあまりないと考えるのが自然です。
結婚にこぎつけるのは、「お金に余裕がある人」か「お金以外の魅力がある人※」だからです。
(※「お金がなくてもこの人とならすばらしい家庭を築ける!」と思わせる魅力)

出会いの数は増えるかもしれないが、そこには激しい競争が発生しそうです。
もし婚活事業を進めるとすれば、上記の仮説に沿うような形として例えば民間の婚活サイトのように年収などを入力させるようにすればいいでしょう。
そのデータを元に男女が候補を選ぶことができればマッチングの可能性は高くなります。
(ということは民間の婚活サイトの手法は「優れている」かもしれない!)
もし「出会いがない」ことが婚姻率が低い理由であるということであれば、 県は常にカップル成約率の数字を追わなければいけないし、県民も厳しく追及する必要があります。
(結果的にこの事業で婚姻率が上がるのであれば言うことなしなんだけど)

※とはいえ「出会えない」という状況に対して機会を提供しているのだから、まったく効果がないわけではないと思います。
能力的に出会えない(コミュニケーション能力が乏しい)とか、機会がないとか、そういう人が仲介を得ながらとりあえず出会える、というのはずいぶんな進歩です。
無料で受けられる公的な支援は、民間業者のマッチングサイトよりも気軽に利用できますしね。

結婚できないのは個人のせいか

この件についてTwitter上でいろんな人のやり取りを眺めていると、 「文化」や「性格」など、個人の問題とみなす人が結構多い印象があります。
当然ながら婚姻率が上がったとしても結婚したくてもできない人はいるでしょう。
でも、マクロで見たときに「婚姻率が上がった」という事実こそが重要であり、 何らかの対策を講じることで結婚できるようになった人がいる、ということに注目するべきです。
本気で結婚したい人全員を結婚させると考えれば、個人の問題を解決することが必要になります。
しかし、少なくとも「県の少子高齢化対策」レベルでそれを目標にするのは非現実的ではないか、とも思うわけです。
その論点から外れない限り、根本を改善できるような有意義な議論はできません。
個人の問題に帰する行為は考えることの放棄である、と個人的には思います。
(と言ってもほとんどの人は気軽に立ち話をしている感覚なんだろうけど)

あ、もちろん僕が結婚できないのは世の中のせいだってことではないです!


関連する記事

女性の労働環境と結婚率・少子化の関係-都道府県別比較で分かること-

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このブログで昔書いた記事に、定期的なアクセスがある。
Googleで「秋田 少子高齢化 原因」と検索するとトップに表示される記事だ。

日本、というか秋田の少子高齢化について考えてみる(2)

一年近く前に書いた記事だが、改めて「少子化」について気になってちょっと調べてみた。

秋田の出生率の低さの不思議

秋田県において問題となっているのは、「出生率」の低さだと思っている。
隣県の山形県や、人口最小の島根県の出生率は、秋田よりも実は高い。
よくよく調べてみると、傾向として日本海側の方が出生率が高い傾向にあるようだ。
秋田も2006年時点では出生率は全国平均を上回っているが、 なぜ秋田は日本海側の他の地域と比べて出生率が低いのだろうか?

今回調べたところ、日本における出生率の低い県と高い都道府県の違いを説明する二つの論文に出会った。
同じキーワードで調べたため、ということもあるだろうが、結論はどちらも似通っている。

(1)都道府県別にみる出生率と女性就業率に関する一考察 坂爪聡子
(2)少子高齢化対策と女性の就業について-都道府県別データから分かること- 宇南山卓

※いずれもリンク先はPDFファイル。

仕事と家庭の両立ができれば少子化は改善される!?

(1)の結論を要旨から引用するとこうだ。

(中略)保育サービスが量的に充実しておらず、かつ女性の労働時間の非常に長い地域では、出生率と女性の就業率はともに低くなる。

(2)の結論も要旨から引用する。

(中略)晩婚化・非婚化は全国的な現象であるが、その傾向は結婚による離職率が高い都道府県ほど強いこと。 (中略)結婚による離職率を説明する要因も明らかにした。最も重要な要因は、保育所の整備状況であり、育児休業制度や3世代同居率は大きな影響を与えていなかった。

このような結論が導かれる根底には、都道府県別で比較したとき、 女性の離職率が高いほど結婚経験率は低い、という負の相関関係があるという事実。
つまり、仕事と家庭、子育てを両立できる都道府県ほど、結婚経験率が高くなる

保育サービスが充実すれば、仕事と家庭の両立はしやすい。
「保育サービスの充実」とは、例えば待機児童数や、潜在的定員率を比較することで測れる。

また、(1)が示すように労働時間の長さも、仕事と家庭の両立の問題に直結する。
(1)の本文の中ではさらにつっこんで、正社員かパートか、といった点も踏まえて検討している。
正社員でも仕事と子育てを両立できるような環境であれば、 結婚による女性の離職率も下がるという説明は非常に納得がいくものだ。

余談だが、「仕事と家庭の両立」が結婚経験率にいい影響を及ぼすようになったのは1980年から1995年にかけてのことだった、というデータが確認されたことだ。
つまり、経済環境の変化、女性の高学歴化等が、結婚経験率に影響を及ぼしているということ。

詳しくは、上記二つの論文を参照されたし。

「秋田の少子化」を考える上での今後の課題

(1)、(2)どちらも山形県や島根県など日本海側の地域の「仕事と家庭の両立」度を例に挙げている。
しかし、秋田はどうもその例にはあがらないらしい。
下記リンク先を見てみると、秋田がその二県に比べて女性の就業率が低いことが分かる。このあたりが問題なのだろうか。

http://www.pref.tottori.lg.jp/secure/107024/00000420062051.pdf ※PDF注意

待機児童数は秋田県は上記二県と比べても特別に悪い、ということもない。
となると、先に上げた論文に沿ってみると比較すべきデータとしては例えば ・女性の就業率 ・女性の正社員比率 ・女性の結婚に伴う離職率(年代別就業率でもいい) ・婚姻率(これは秋田は全国最下位)など。
これらを見てみると、秋田の少子化の構造が見えてくるんじゃないだろうか。 というのはあくまで希望的観測だが…。

Twitterで秋田の婚姻率の低さを話題に出したときには「県民性」「出会いの場がない」との声があった。
それらも社会構造の結果として結婚に対して消極的になっている、という説明ができるのではないか。
僕はそういう目論見でいる。というか、そうでないと希望がなくなる。

「個人の問題」と設定することが、もっとも解決を困難なものにしてしまうと思うからだ。
だからこそ、僕は構造として、マクロに問題を見ることをまずはじめにやりたい。
所詮データや人様の研究結果をなめ回しているだけかもしれないが、 そういう自分の「スタンス」を貫くためにも、直感以外の部分も働かせていきたいと思う。

【110516追記】
関連というほどでもないけれど、こんな記事も書いてます。

都道府県別・「デキちゃった結婚」の割合と県民所得

「計画的な結婚」は所得の高い人にしかできないことになっているのではないか、 「晩婚化」と「デキちゃった結婚」の二極化の裏に所得が絡んでいるのではないか、という観点。


関連する記事

新卒の就職活動に成功する人・失敗する人の唯一の違い

カテゴリ:世の中の事


今日、なんとなく読んでみた「はたらきたい。」に強烈にはまりました。
2008年3月に出版されたみたいですが、リーマンショック以後であっても魅力的な内容だと思います。

なぜか。

僕が就職活動や採用に関わったことを通してなんとなく見えてきたような気がした、
就職活動がうまくいく人といかない人の違い
の見分け方を、あっさりと言葉で言い表されたように感じたからです。

「大切にしてきたことは、何ですか?」

この本は、5つの対談がメインとなっている。
僕の中で特に印象に残ったのは、一つ目と二つ目の対談だった。

一つ目、糸井重里氏と人材紹介会社の河野晴樹氏の対談にて。
河野氏がこう語る

ですから、本当のことを言っちゃうと、新卒の面接をやる場合、「君がさ、これまで大切にしてきたことって何?」という、ものすごく概念的な質問で十分なんですよ。

新装版 ほぼ日の就職論「はたらきたい。」 

糸井氏の返しがまた面白い。

いや、つまり、面接官がそう思ってるんだって知ったとき、「聞いてもらえた!」といううれしさと、「やばい、聞かれた!」というあせりと、どっちかの反応しか、ないですよね。

新装版 ほぼ日の就職論「はたらきたい。」 

これだ!と。 新卒で就職活動に成功する人、失敗する人を分けるのは、きっとこの違いだけなんだ、と。

ここからは僕の考えです。

「大切にしてきたこと」は、モノでもいいし、具体的なことでもいいし、ポリシーでもいい。
そこに、ある種の一貫性のようなものが伴えばいいのかな、と僕は感じています。

「大切にしてきたこと」像をもう少し具体的にすると、以下の要素を含んでいると考えられます。

他人に言えることか

「言える」というのは、「恥ずかしくて言えない」というニュアンスとは異なります。
「人様に伝えて”問題ない”ことか」というくらいの意味です。

たとえば、「毎晩家族にきちんとメールする」ことを大切にしているなんて
他人に言うのは気恥ずかしいけれども、「家族想い」と共感を得られるかもしれない。
だから、これは「言える」。

しかし「いかに自分ではなく、他人のせいにして事を逃れるか」を大切にしてきていると
誰かに伝えたとしても、それを聞いていい反応が返ってくるとはあまり思えません。
何か引っかかりのある、問題のある発言に感じます。

単に、「言い方」が問題となるときもあります。
価値観の話なのだから、絶対的に悪ということはまずありません。
逆に言えば、絶対的に善ということもまたないのです。
どんなにいい話でも、必ず共感を得られるとは限りません。

しかし、それが故に自分の「大切にしてきたこと」を他人に伝えることに抵抗を覚える人がいます。
否定されたり、受け入れられなかったりしたときのことを危惧して。
これは、率直に言って残念なことだと思います。

そう不安がる方へのアドバイスは2パターンかんがえられます。

まずは表現の仕方を変えてみるということ。
相手に伝わるように言葉を選ぶ。別の言葉で言い換えてみる。
自分の大切にしてきたことのいい面、悪い面を整理してみるとよいでしょう。

もう一つは、他人の価値観を受け止めるようにするということ。
別になんでもかんでも肯定しろと言う話ではありません。
あるがまま受け止める。
その発想がないから、他人が自分の価値観を受け止めてくれるイメージも湧かないのかな、と。
そのためには、中立な立場から、いい面、悪い面を抽出する必要があります。

相手の第一印象がよかったら、あえて悪い面に着目する。
逆に印象が悪かったら、あえていい面を見出そうとしてみる。
自分に偏りがあることを自覚し、それでも相手の価値観をまずは整理してみること。
自分が大切にしてきたことも、同じように整理してみるといいのではないでしょうか。

言っていることとこれまでやってきたことが矛盾していないか

言動が一致していないのなら、どうしても「大切さ」を疑ってしまいたくなります。
どちらかといえば、「言葉」よりも、「行動」や「感情」が先立つのではないでしょうか。
その後から「言葉」がついてくる。なんとか説明しようと試みる。そんなイメージです。

これが「一貫性」にもつながってきます。
間違っても「私はワークライフバランスが大切だと…」なんて発言はしないはず。
「大切なこと」を、どこかから借りてきた言葉で ちぐはぐに表現するなんて、大切にしている本人が最も耐えられないはずなのですから。

就活でついついテクニカルな話題に振り回される人も少なくないようです。
「インディペンデントでいられるか」という糸井氏の表現がありますが、
「大切にしてきたもの」があれば、それもきっとたやすい事なんじゃないかと思えてきます。

仕事で大切なこと-「幹事のできる人」-

二つ目の対談は、漫画家のしりあがり寿氏と糸井氏。

しりあがり氏は「うちで重用するのは『幹事のできる人』」と話している。
これがまた深い言葉ですね。

ここからはまた僕の考えですが、『幹事のできる人』の要素はいくらでも挙げられます。
そう、「いくらでも挙げられる」のがポイントになるのです。

・念入りな準備にエネルギーを割ける
・シナリオどおり、タイムスケジュールどおりに進行できる
・周りに助けてもらえる
・他人を動かすことができる
・参加者の”ツボ”がなんとなく分かる
・失敗してもキャラ的に許される
・一人で盛り上げることができる
・他人を生かして盛り上げることができる
・予想外の事態でもきちんとリカバリーできる
などなど。

これらすべての要素を持っている人はいないでしょう。
でも、名幹事はすべからく 自分自身の何らかの特徴を上手に生かしているはずです。

逆に言えば、「幹事をうまくやる」ためのアプローチは一通りではないということ。
様々なアプローチが可能であることにこそ着目すべきではないでしょうか。

仕事のやり方は一通りではありません。適性なんてやってみないとわかりません。
自分で自分の適正が分からなくても、上司や先輩にはきっと見えているはず。
彼らを信じ、彼らに従うことが実は正しい、なんてことも少なくないのではないでしょうか。
やってみたら思った以上に面白かったという経験はきっと誰しもが持っているはず。

就職する前から経験したこともない業種や職種に強い志望を持っている人がいます。
僕からしたら、それはものすごく不思議なことでした。
(大学で情報処理を学んでエンジニアになりたい!というのはもちろん別ですが)

やってみなければわからない。
だから、志望動機なんて考える暇があったら、「大切にしてきたこと」を掘り下げたほうがいい。

そもそも、「志望動機は考えるもの」という考え方が変です。
志望動機は文章化するもので、心の内にすでにあるものなのですから。

というわけで激しくおすすめ

こう自分の意見を書いてしまうと、本書の良さが伝わりづらいかもしれません。
本書の良い点は、対談形式だから、きれいにまとまった言葉があまりないことだな、と。
だから、こうやって僕も自分の言葉で自由に説明したくなってしまうのでしょう。

読んだ人それぞれの琴線に触れてくる言葉がいくつかあるはずで、
それは不思議と書かれた言葉以上のボリュームを帯びて自分の中に入ってきます。

この本を読んで救われる就職活動生も多いのではないでしょうか。

むしろ、この本を読んでもどうとも思わない人ほど行く末が不安です。
(それは、すでにハイパーメリトクラシーでの勝負が決していることを意味する…)

もちろん、この本にだって、答えなんか書いていませんが。


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