Category Archive: 自分事

平成29年度末の振り返りと、平成30年度の展望

カテゴリ:自分事


秋田にUターン(五城目にJターン)してから2回目の年度末が間もなく終わる。昨年度に比べて、今年度は本当にありがたいことにお仕事の引き合いも増え、特に夏~秋は怒涛の忙しさだった。冬に勢いが落ちるのは変わらずだが、このリズムにも徐々に慣れてきた。

関わりが広がり、自分自身がこの秋田で生かせそうな引き出しも見え始めている。一方、継続性のない予算に支えられた仕事も多いので、来年度はもう少し自分から仕掛けていく比率を上げないといけない。そういうわけで、来年度できそうなことを整理しておきたいと思ったのだった。

平成29年度の振り返り

まず、今年度のお仕事をざっと書き出してみて、自己評価、マッチング(自分がそれをやるべきかどうか、方向性が一致するか)、継続性(来年度以降も継続する見込みがあるか)の3点についてそれぞれ〇△×の3段階で整理してみる

1-1)おこめつ部(県内学生を主対象とした起業家育成プログラムの事務局)
→自己評価△ / マッチング△ / 継続性△
(バリューが発揮できる領域でないもどかしさは昨年に引き続き)
1-2)ウェブインパクト五城目コアの採用担当
→自己評価× / マッチング× / 継続性〇
(「人材採用」が一筋縄でいかない専門領域であることを痛感)
1-3)そのほか、IT系案件の掘り起こし
→自己評価× / マッチング△ / 継続性〇
(年度末に結果を出せなかった時点で×確定)
2-1)復興庁のハンズオン支援事業
→自己評価△ / マッチング△ / 継続性×
(実力が追いつかなかったものの、一定程度の貢献はできたか)
2-2)教育系ツアー企画の運営補助
→自己評価△  / マッチング△ / 継続性×
(単なる運営スタッフというスタンスに大きな反省)
2-3)東北の高校生向けマイプロのもろもろ
→自己評価× / マッチング〇 / 継続性〇
(秋田の高校生を巻き込めなかったところで×)
3-1)ドチャベンジャーズ・移住定住促進の事業運営
→自己評価〇 / マッチング〇 / 継続性△
(周りの力も借りながらそれなりに色を出しつつやれた感)
3-2)ドチャベンジャーズの自主事業
→自己評価× / マッチング〇 / 継続性〇
(0→0.01もできなかった。まずは絵を描かねば)
3-3)移住定住系イベントでの講演等
→自己評価△ / マッチング△ / 継続性△
(これまでの経験を生かしてまずまずやれる分野と認識)
4)あきた未来カフェ(大学内の学生-社会人交流イベントの企画運営)
→自己評価〇 / マッチング〇  / 継続性〇
(珍しく全力を出し切ろうとできた案件、いい背伸び)
5)高校生未来ミーティング(高校生を対象とした商品開発プロジェクトの企画運営)
→自己評価△ / マッチング〇 / 継続性△
(自分のバリューを発揮できる方向にもっと持って行くべきという反省を得る)
6)ドチャベン2017で金賞受賞したセンパイプラットフォーム
→自己評価× / マッチング〇 / 継続性〇
(3-2同様、絵が描けないことには進まないことを痛感)
7)ライティング案件いくつか
→自己評価× / マッチング△ / 継続性×
(案件自体は楽しいが、良い悪いを自己判断できないのが辛い)
8)Gojome Talkin’About
→自己評価△ / マッチング〇 / 継続性△
(コミュニティ形成とか人を巻き込むのが苦手なくせにようやったな、という感じ)

自分に厳しい(自分に自信がない)中で、自己評価〇が2件。マッチングで言えば、何よりも自分がやるべきだなと素直に感じられる仕事の割合が多いのがありがたい。一方で、きちんと結果を出すことで応えないといけないというプレッシャーも。

全体を眺めて言えるのは
・自分がやれてかつやりたいことをこの秋田でも仕事にできるかもという手ごたえが平成29年度の大きな収穫
・この流れに乗じて、自分で仕掛けていく割合を増やしていかないと、尻すぼみになりそう
というところか。

平成30年度の展望

来年度は、継続性〇&△をベースとする。継続案件についての方向性としては次の2つ。
・専門性が足りないところは人に頼る。困ったら人に相談する。自分が動けないからといって止めない。
・誰かがコミットしないと動かないところで、まとまった時間をとり絵を描く(みんな忙しいので叩き台が必要)。
あとは粛々とやるのみ。

妄想レベルで来年度こんなことできそうだな、ここまでできたら面白いな、というのもばーっと書いてみる。

(1)「秋田」「五城目」と言わずに五城目について取り扱う、学びや好奇心をベースにしたコミュニティを首都圏でつくる
(2)高校生だけじゃなく短大生、専門学校生、大学生、大人まで巻き込んで「結婚」「結婚式」についてダイアローグ、これからの秋田にプレゼントしたい結婚のカタチを考えるワークショップ
(3)上記を「婚活」予算で、県への新たな提言を仕立てるというのもあり
(4)秋田の高校生を対象としたマイプロスタートアップ合宿
(5)大人もマイプロ実践者を増やし、伴走者育成につなげる
(6)Gojome Talkin’Aboutの延べ参加者500人
(7)五城目小学校建設に便乗して、ソフト充実を図る住民コミュニティをつくる
(8)県外で2週間~1カ月滞在してなんかやる
(9)まちづくりや住民協働系のワークショップにダイアローグを持ち込む
(10)NVCやインタビューを元ネタにした小規模なワークショップ自主開催

とりあえず10個書き出してみたけど、まだ出し切れてないような感じも。もうちょっと人と妄想を共有する時間が欲しい。この中で興味があることあればぜひディスカッションしましょう。


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「引き出す」に代わる言葉が欲しいという話

カテゴリ:自分事


やる気を「引き出す」。心の奥底に秘められた思いを「引き出す」。高校生たちの本音を「引き出す」。

高校生や大学生と接する仕事をしていると「引き出す」という表現に良く出会う。しかし、僕はあまりこの言い方があまり好きではない。できれば違う言葉を用いたい、と思うのだけれど、会話を成立させるために仕方なく「引き出す」という言葉を使わざるを得ない場面もある。代替する語彙が僕に欠けている。

「引き出す」という言葉には、その本人ではなく他者の働きかけに主要な関心を向けている印象を受ける。「引き出」されるのはもともとその人の中にある何かだ。本音を「引き出」そうとしても、他者が”本音”と呼びたい何かを本人が持っていなければ、その行為の目的が叶うことはない。

「引き出す」側ではなく、「引き出」される何かを持っている本人にフォーカスするとすれば。

彼/彼女は、その何かを他者に提示することをしていない状態にある。それは、本人が意識的(あるいは無意識)に表に出すことを妨げているのかもしれないし、単に表出させられるだけの定まった輪郭を持っていないのかもしれない。いずれにせよ、それを外側に出すかどうかはあくまで本人の仕事だ。他者が働きかけられることと言えば、本人の望むところに基づき、言語化を手助けしたり、表に出しやすい関係性を構築したりすることくらいしかできないのではないか。

コミュニケーションのプロセスの中で関係性が育まれ、言語化が進むことで、コップから水が溢れるがごとく、自然と言葉として伝達したくなってしまう。これが僕のイメージするところだ。結果的には外部からの「引き出す」働きかけと言えなくもないが、ここで述べたいのは、主体をどこに置くのかによって状況の見え方が異なる、という点にある。

「引き出す」はまだいい方かもしれない。「やる気を出させる」「意識を植え付ける」といった、より暴力的な表現も目立つ。やる気を出すのも、意識するのも、本人のマターだ。他者を変えたい、他者に作用したい、という欲求が人類共通の感性として備わっているのではないかとすら思えてしまう。

自然と言葉が溢れるような状況を、当事者と共につくっていく。そういう関わりを、「引き出す」という言葉で言い表せないであろう行為を、どう記述するか。高校生、大学生と接する中で、自分なりの回答を持ちたい、と思う。


関連する記事

NVC(非暴力コミュニケーション)についてー場づくりカレッジレポート

カテゴリ:自分事


この記事は、2017年12月9日-10日に京都で行われた「場づくりカレッジ2017 第4講 共感力を味方にしたファシリテーション~共感コミュニケーション(NVC)~」に参加したレポートを兼ねて、NVCというコミュニケーションの一つの在り方を紹介するものです。このセミナー参加に際し実施したpolcaにご支援いただいた皆様、本当にありがとうございました。

本文の構成として、まず先に京都でのセミナーに参加するまでの経緯と、当日のプログラムについて触れます。NVCについて僕なりの説明をするのはその後になりますが、結論だけ気になる方は前半は飛ばしていただいて結構です。なお、別記事で「中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)」との関連からNVCを扱う予定です。

NVCの簡単な紹介と、僕がNVCを学びに京都まで行ったわけ

はじめに、NVCの概要について。NVCは「Non-Violent Communication」の略で、直訳すると「非暴力コミュニケーション」となる。その他、「共感コミュニケーション」「人を思いやるコミュニケーション(Compassionate Communication」と紹介をされる場合もあるそう。

少し、僕の個人的な話を紹介したい。僕がNVCという言葉を知ったのは実は5年ほど前、NVCを体系立てたマーシャル・B・ローゼンバーグ氏の著書「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法」という本が日本語で出版されたときにさかのぼる。当時僕が住んでいた海士町でもこの本を読んでいた人がいて、ちょっとした話題になったのだった。しかし、そのNVCを学んだであろう人が、僕の話を「解決してやろう!」という態度で聞いてくる様子が鼻につき、しばらくNVCに対しては悪いイメージが先行していた。

その一方、自分自身のコミュニケーションの在り方を根本から見直したい、という気持ちはずっとあり、2014年秋の西村佳哲さんとの出会いを経て、「インタビューのワークショップ 2015 初夏の女神山編」へ参加するに至る。コミュニケーションの主導権ははなし手でなくきき手にある、という観点を得たこと、そしてそこに集う人やその場の持つ力を認識できたことが、今の自分につながっている。

本格的な場づくりに関わる機会となったのが、2017年11月の「あきた未来カフェ」。企画運営を担ったこの場では、「傾聴」をキーワードに据え、「きくこと」の大切さを共有したときにかかわりの質がどのように変化するかを目の当たりにすることができた。そのときの内容は別の記事にまとめている

自分で場づくりをしたことで、質の良い対話の場を経験してみたい、様々な手法を学びファシリテーターとしての幅を広げたいという欲求は高まる。しかし、秋田にはなかなかそのような機会がない。ちょうど12/8に東京に行く用事があったので、その前後で開催されるワークショップがないかを探っていた。そこで目に飛び込んだのが、Homes’viの主催する場づくりカレッジだった。過去に敬遠していた「NVC」が取り扱われる。これも縁かなにかだと思い、予定を調整して申し込み、同時に、「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法」もAmazonで購入した(秋田のジュンク堂書店には残念ながら置いていなかった)。

きくことの持つ力に関心のある今、NVCの考え方は「なるほど」と思う以上に「ああ、やっぱり、そうだよね」とすんなり理解できるものだった。世界観が共有されている感覚。ぼんやりと持っていたアイデアが、より詳細に語られており、ワークショップ当日での学びにも自然と期待感が高まっていくのだった。

2日間のワークショップで取り扱ったこと

(※ワークショップやファシリテーションに興味のある人向け)

以下では、2日間の内容を、自分がとったメモと、共有いただいた写真を元に紹介する。模造紙は、当日の進行と同時並行でグラフィックレコーディングされたものだ。また、当セミナーのFBイベントページには写真付きで流れが紹介されているので、こちらもご参照いただければ。なお、前提として、このセミナーはファシリテーションやワークショップを企画運営する側として関心のある人向けのものになっている。

[1日目]

○チェックイン
初日のチェックインは一般的なもので、円になって準備ができた人から時計回りに今の状態や参加した経緯を全員が話す。

○NVCの説明
NVCの概要についての説明。NVCとは、一人ひとりとのコミュニケーションの中で、「自分が大切にしている部分に触れ続け」ながら、「相手の気持ちに共感していく」もの。

○Contact Walk
アイスブレイクの意味合いも込めつつ、その場にいる人の存在をありありと感じるワーク。参加者は口を閉じ、各々自由に室内の気になるところを歩き回る。2日間を過ごす会場になじんでいく時間。その後、ぐるぐると回っていく中で出会う人と向き合って心地よい距離感で立ち、見つめ合うともなくお互いの存在をぼんやりと感じ合う。おじぎをして(後半には握手もして)別れる。また他の人と出会い、同じように繰り返す。

(個人の感想)言葉を交わさずに相手と向き合うことで、僕はどこに目線を置いたら良いかわからなくなった。存在が持つ情報量に圧倒されていたという感覚。顔のパーツ一つ一つ、肩のライン、服装、姿勢などなど。話をしていると目が合わせられるのはフォーカスできるところがあるからなのかもしれない。

○講師・小笠原春野さんのお話
改めて、講師である春野さんがNVCに出会った経緯と、その上でNVCについて、もう少し細かく。

印象深かったのが、「受け取る贈り物」という言葉。贈り物を上手に受け取るときに、それを与えた人もまた喜ぶ。”giving and receiving”。与え合うだけでなく、受け取り合う。「はなす」ことばかりが注目される中、「きく」ことの大切さがにじみ出るように感じられる。与える-受け取るのなめらかな循環は、ちょうど「∞」のイメージで、相互に行き来する。

この図の左側は前出の西村佳哲さんのワークショップで紹介されていたものとほぼ同様であり、正直驚いた(出元が一緒なのかもしれない)。日本語では「頭で考える」、「腹の内を探る」というように、頭よりも胸や腹に本音や生々しい感情があるという表現がなされる。それに基づいて分類したとき、すでにある情報や知識、経験というものは過去の出来事から構成されたもので、石のような固定的なイメージがある。一方、言葉として表現されないが、表面ににじみ出る表情やしぐさ、あるいはぼんやりとした「痛い」「熱い」等は、まだ吹き上がったばかりで定まった形状を持たないマグマのようなものかもしれない。さらに、その吹き上がる源泉のようなところには、きっと一人ひとりが持つ固有・個別の大切にしていることや願いがあるのではないか。この2日間はこんなイメージを持ちながら、そうした奥底のニーズに触れ合うNVCという手法を探求する時間となった。

NVCの4つの構成要素は「観察(Observation)」、「感情(Feeling)」、「ニーズ(必要としていること、Needs)」、「リクエスト(Request)」。それぞれは続くワークの中で説明がなされているので細かくは説明しないが、2日間のワークの中では「ニーズ」の大切さがところどころで強調されていたように感じている。人はだれしも満たしたいニーズを持っている。人と深いつながりを持ちたい。どんな時でも誠実でありたい。豊かな自然に触れていたい。自分を滞りなく表現したい。そのニーズを大切にする。自分が何を必要としているのか。その感情はどんなニーズが満たされないために起こっているのか。ニーズを満たすように言葉を選び、相手に伝えることができているか。相手にもニーズがあることを理解し、大切にきこうとすることができているか。

NVCでは、ニーズがある程度類型化されている。たとえば、このリンク先から例を知ることができる。

○ニーズ散歩
そこで、まずNVCでいうところの「ニーズ」に触れるワークを行った。参加者とペアになり、会場の外をぶらぶらと歩きながら、NVCの中で「ニーズ」として分類される言葉について相手がどんなふうにとらえているかをききあう。たとえば、「創造性」について、どんなことを思いますか? というふうに。

(個人の感想)冬の京都の住宅街を歩きながら、ただ語られる言葉をきく。改めて自分にとってその言葉や概念がどういうものなのかを言葉にする機会って、実はない。そういう意味でも、じわじわといい時間だった。

○Deep Listening
外から戻ってきたら、そのままのペアで、相手が取り組んでいることについて、3分間、ただただ黙ってきき合うディープリスニングの時間。きいている間は、内容を覚えることばかりにとらわれず、「ニーズ」に注目していく。続いて、きき手が受け取ったそのイメージを元に、「ニーズ」の言葉たちの中で近いものを選んではなし手にプレゼントする。

この「だまってきく」というスタンスは、NVCで頻繁に注意が促される「相手を変えようとしない」ということにつながっている。促しもしない。いわゆる”オウム返し”もしない。相手に作用しようとしない。まず自分がきき方を意識する。きっとそこに何か大切にしているものがあるはず、と信じて。

(個人の感想)面白いもので、「あなたの話を聞いて、あなたが大切にしているのはこれだと思いました」というやり取りは、押しつけがましくならず、すんなり了解できるものも意外に思えるものも入り混じったままに受け止められる感じがした。これはそのときその場で出会った人どうし、素朴に関心を持ち合うからこそ成り立つものだったかもしれない。普段の人間関係の中で、相手の言葉をさえぎらずにただただきくことってなかなかないし、むしろ、言葉尻ばかりにCPUを割いてしまうことの方が多いだろうから。そういう意味で、NVCという手法を通してコミュニケーションを「意識的に」行うことができるようになるはずである。

○共感トランプを用いたエンパシーサークル
1日目の後半として、感情の言葉とニーズの言葉が一枚一枚書かれた「共感トランプ」を用いたエンパシーサークルというワークへ。ここではニーズと共にNVCの4つの構成要素の一つである「感情」も取り扱った。

まず、4人のグループをつくる。1人が、「最近イラっとしたり、ショックだったりしたエピソード」を1分ほどで他の人にシェアする。その内容をきいたメンバーが、手元の「共感トランプ」に記載された「感情」の表現の中から、そのときに感じたであろうカードを選んで提示する。「その言葉を聞いて、『孤独』を感じたんですか」というふうに。ただ1つの正解を選ぼうとせず、様々な観点からありえそうな「感情」のカードを次々と出していくのが特徴。ちょうどよいところでカードの提示をやめ、エピソードを紹介した1人がずらっと並べられた感情のカードの中からしっくりくるものを3枚選ぶ。

次に、選ばれた3つの感情それぞれに対し、再び他の3人が「その感情が沸き上がったのはどんなニーズが満たされなかったからか」を手元の「ニーズ」のカードから次々と出していく。「『孤独』を感じたのは、あなたにとって『つながり』が大切だったからではないですか」というふうに。ニーズが出きったところで、3つの「感情」の発生源となる「ニーズ」のカードをそれぞれ1枚ずつ選ぶ。以上を、グループ全員で順に回していく。

(個人の感想)シンプルではあるものの、これが結構面白い。ゲーム感覚でさくさくやれるのもよい。イラっとしたことを思い起こしてみても、相手や状況に対するいら立ちが先立ってしまい、意外と「自分がそのシチュエーションでどんな感情だったのか」を落ち着いて振り返ることはなかなかできない。しかも、部屋で一人で考えているとネガティブに触れがちだが、グループでやることで他の人にホールドしてもらえる感覚がある。大量のカードから選ぶことで、客観性を確保できるようになる。一人でうんうん考えてもそれだけの選択肢は出せない。グループで気軽にNVCのプロセスを疑似的に学べるというだけでなく、他者にかかわってもらう意義も感じられる、素晴らしいワークだった。

○チェックアウト
こちらも一般的なチェックアウト。前のワークの感想を引きずりながら、ぐるっと一周して終了。

[2日目]

○チェックイン(名前で歌を歌う)
2日目のチェックインは初めて経験したもので、今の自分の状態を、身振り手振りも交えて自分の名前に載せて歌う、というもの。自分が歌った後に、他の全員が真似して歌うので、意外と盛り上がる。特に10代は帰属感や受け入れられることが大事なので、こうしたワークは有効らしい。

(個人の感想)正直、個人的には気恥ずかしいものがあった。場を選ぶ必要があるかなと感じた。中学生はやらなそう。女性だけだとノリノリかも。あと、これは余談だけど、僕は自分の名前というものへの抵抗感が人より強いらしい、という薄々感じていたことに改めて気づかされることになった。さらに余談だけど、ワークショップの前に名札に「呼ばれたい名前を書いてください」というのも苦手。

○ニーズの美しさについて
改めて、「ニーズ」がNVCにおいて大切にされている背景について、講師の春野さんから。その解説でJohn Lennonの「Love」が紹介されたので、引用する。

Love is real, real is love
Love is feeling, feeling love
Love is wanting to be loved

Love is touch, touch is love
Love is reaching, reaching love
Love is asking to be loved

Love is you
You and me
Love is knowing
we can be

Love is free, free is love
Love is living, living love
Love is needing to be loved

John Lennon  “Love”

wanting が asking に変わり、ついには needing になる。足りないものを求め、次には願う。そして、「ピュアな、普遍的な、全人類に共通の」ものとして自分の内なるところから必要とする。「ニーズ」という言葉には、単に”自分が必要としていること”という以上に、自分の必要としていることを深く深く掘り下げていく先に、人類共通の「ニーズ」につながる、という世界観がある。文字だけで表現する難しさがあるが、実際にこの歌を会場で聴くことで、不思議と、その言わんとする”美しさ”を垣間見た気分になった。

(個人の感想)印象としては、はじめて「U理論[第二版]――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術」を読んで受けた印象に近いなとも感じた。あるいは、マイプロの文脈で言及される「代表性」とか、デザイン思考のプロセスとかとも。具体的な一人の感覚がより深いところから表出すると、それは不思議と他の誰かと共有

○観察(Observation)
NVCの4要素の1つである観察を扱う時間。起こったことに解釈を挟まずに客観的な事実としてとらえ直すのが観察である。具体的なワークとしては、ワークショップのファシリテーターとして、実際に当日発生して焦ったり困ったりしたことを出し合い、それを「観察」を通して客観的な表現に置き換える。

before:また主催者が飲み物をぶちまけた
after:○○さんの横のパーテーションが倒れ、水が50cc床を濡らした

という具合で。before / after 共に同じ事象を表現しているが、after の方が冷静な状況把握につながるということが伝わるのではないか。このように客観的な捉え方に変えることで、「イラっとしたこと」も落ち着いて振り返ることができる。そして、自分も含めた誰かを責めることよりも、その中で自分や相手が満たされなかったことは何かに目を向けることができる。

(個人の感想)before / after を比べると、 before の「ぶちまけた」という表現は、どこか誰かを責めるようなニュアンスを感じる。しかも、「こぼした」なんて言葉よりも強く。つまり、責任を問うている。一方、 after になると、水が濡れただけであり、そこにこぼした人の責任は問うてない。逆に、 before には「主催者が」「ぶちまけた」というところに、「感情」が込められていると言えるかもしれない。

この辺りの言い換えは、まるで「能動態/受動態」の対立から「能動態/中動態」の対立へと言語スキームを転換させているように感じた。ここに大いに知的好奇心を刺激され、「中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)」を年末年始で再読するに至る。この点はまた別記事でまとめたい。

○ニーズカードを用いたグループワーク
これまでのワークで「観察(O)」「感情(F)」「ニーズ(N)」の3要素を取り扱ったことになる。その上で、2日目の後半はさらに「ニーズ」を掘り下げていく。まずは、ニーズを満たすための手段について、視野を広げるためのワーク。まずは4人グループに分かれる。1日目にも使用した「共感トランプ」を用い、「ニーズ」のカードの中から1人1枚ランダムに引く。インディアンポーカーのように引いたカードを周囲に見えるように(自分に見えないように)額に貼り、「そのニーズを満たすためにはどういう行動をとるか」を他の人から言ってもらう。その情報を元に、自分の額のカードに書かれた「ニーズ」を当てる、というもの。しかし、正直、当たらない。人によってその「ニーズ」の捉え方が違い、それを満たす手段も違うからだ。ここでは当てることではなく、そうした多様な捉え方・満たし方を知ることに主眼が置かれている。自分の「ニーズ」を知ることも大事だが、それを大切にするための満たし方もまた、多様に持っている方がよい、ということだ。

○ニーズベースプランニング
引き続き、ニーズカードを用いたワーク。グループで全員のニーズを満たすワークショップの企画をすることを通じて、複数の人の「ニーズ」の両立を試みる。具体的には、グループの各自にニーズのカードの束を渡し、各自がその中から「自分が場づくりで大切にしていること」を3枚選ぶ。その中から特に大切にしたい1枚を出し合い、そのニーズをすべて満たすようなワークショップを考える。

(個人の感想)どうしても表面的な感じになるのは致し方ないところか。が、「お互いが大切にしていることをまず出し合う」というところから始めるというやり方には可能性を感じた。たとえば、チームで何か新しいことに取り組むときには、お互いの価値観(ニーズ)に基づいて譲れないもの、達成したいことを出し合い、それを元に何をするかを決めていく、というプロセスを取り入れるとよいかもしれない。

○木と風のワーク
「与えあい、受け取り合う」ことを、身体を使って体感するためのワーク。ペアをつくり「木」の役と「風」の役に分かれ、向かいあって立つ。「風」の役は手のひらを下に、「木」は上に向けて、お互いの両の手のひらを合わせる。目をつむり、ファシリテーターの指示に従いながら(「最初は風はそよそよと吹き始めます」「次第に横にも縦にも大きく風は吹いていきます」等)、「風」の役が手を動かし、「木」の役は「風」に揺らされるまま、重ねた手の向こうからの動きに委ねるように手のひらを動かす。指示があったら動くのをやめ、役割を交代して同じことを繰り返す。最後に、お互いに左手を上に、右手を下に向けて手のひらを合わせ、お互いが「風」であり「木」であるように動く。

(個人の感想)「木」「風」どちらも経験した後で、そのどちらでもある状態に入ると、その動きはどちらの意図によるものなのか、お互いの境界があいまいになっていような感覚があった。「ニワトリとタマゴ」さながら、「与える」と「受け取る」は相互に作用しあいなめらかに循環しているものかもしれない、という印象を抱く。というか、世の中には「ニワトリとタマゴ」の関係が多すぎる。もしかしたら、「場」や「関係性」がその間になければいけないのでは、なんてことも。これも、なんとなく「中動態」につながりそうな世界観っぽい。

○4つの耳
「観察」を取り入れながら、「感情」と「ニーズ」をとらえていく練習の時間。そのために、「ジャッカルの耳」と「キリンの耳」という2つの耳と、「内向き」「外向き」の2つのきき方を導入する。ジャッカルのきき方は攻撃的で、感じた怒りや悲しさをそのまま対象にぶつけるように表現する。キリンは耳のつき方から幅広い音を聴きとれるそうで、NVC的な聴き方のシンボルだそう。5人グループになり、1人が「言われてイラっとした言葉、凹んだ言葉」を言い、それに対して以下の図の4通りのききかたに従って、他の人が返していく。ジャッカル耳外向き(他者を批判)→ジャッカル耳内向き(自分を批判)→キリン耳内向き(自己共感)→キリン耳外向き(共感)の順でやるのがおすすめだそう。

(個人の感想)僕は自分がいらっとする言葉として取り上げたのは「秋田のために頑張って、えらいねえ」。これに対し、ジャッカル×外向きの役の人が「他人事か!」とばっさり切ってくれて、「ああ、まさにそれが言いたかったんだ」としみじみしてしまった。喉の奥でつっかえていた言葉が他人の口を介して出てくる。また、誰にとっても(3)(4)が難しいものと思っていたが、「ジャッカルの方が苦手」「内向きはできるけど外向きができない」などの感想が出ており、きき方の癖は人それぞれらしいことがわかったのも面白かった。

○私の木
2日間の最後に、ニーズをベースに自分の内面と向き合う時間。A3用紙に下の図のような木を描き、「過去」に取り組んできたこととそれによって満たされたニーズ、「未来」に取り組んでみたいことと大切にしていきたいニーズ、そしてそれをつなぐために「今、自分が大切にしたいこと」を順に書いていく。

(個人の感想)ここでも、「ニーズ」に意識を向けることの面白さが。自分の振り返りをしても、ついつい「出来事」や「取り組み」といった「コト」に気が向きがち。それらを通じてどんな「ニーズ」を自分は満たそうとしていたのか、という観点で見ると、これからのこと、いまここで大切にしたいこともまた違う観点から見えてくるものがある。

○チェックアウト
最後は、円になってチェックアウト。これも一般的な方法で、1人1分程度で全員が感想や気づきを共有していく。

以上が、2日間の行程である。

改めて、NVCについて

NVCとはどんなコミュニケーションなのだろうか。2日間のワークショップや書籍から得た情報をもとに、僕なりにまとめにとりかかってみる。はじめに、NVCは「なにではない」のかについて考えてみよう。

まず、NVCは問題解決の手法ではない。もちろん、コミュニケーションが良質になる結果として、問題は解決されることになるが、軸足は問題解決ではなく、なめらかな受け取りあい・与えあいに置かれている。「問題解決に有効である」と言う場合には、それは、その時点で認識されている問題ではなく、その問題をもたらしている人と人の関係性を”問題”とするという意味においてならば、主張することができるかもしれない。

コーチングについてはどうだろうか。

「問いかけて聞くことを中心とした”双方向なコミュニケーション”を通して、相手がアイディアや選択肢に自ら気づき、自発的な行動を起こすことを促す手法」

【図解】コーチングとは?ティーチングとの違いで学ぶ、その意味と効果的な使い分け | Hello, Coaching! – コーチ・エィ

相手を恣意的に変化させようとしないという点ではNVCと共通しているが、「自発的な行動を起こすことを促す」ことに重きを置いている点で、NVCと異なるように思える。コーチングにNVCを生かし、結果的に「自発的な行動を起こすことを促す」ことはできそうだ。カウンセリングも同様な点で、NVCと区別されるだろう。

他の手法と比較してみたとき、NVCは、「関係性」や「つながり」にフォーカスしていることが見えてくる。自分と他者との関係、あるいは自分自身とのつながり。より大きく見れば、ある国とまたある国の間の関係性。

NVCはわたしたちに本来そなわっている力―人を思いやる気持ちを引き出すことで、自分自身と、そして自分以外の人々との交流を容易にする。自分自身を表現する方法、そして耳を傾ける方法を見直すプロセスともいえる。(中略)自分自身を受け入れるために、人との絆を深めるために、しごとや政治の領域で効果的な人間関係を築くためにNVCは役立つ。そして、世界各地のさまざまな紛争や対立に和解をもたらす方法としてNVCは活用されている。

NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法

NVCの中心となる4つのプロセスとは、「観察」「感情」「ニーズ(必要としていること)」「リクエスト(要求)」だった。このプロセスは、自分自身とのつながり、他者とのつながりをより豊かなものにし、人生をより素晴らしいものとすることを目的として体系立てられている。そのポイントは、京都での2日間で繰り返し強調されていたように、「ニーズ」にある。人はそれぞれ、心の奥底に大切にしたいもの、必要としていることを持っている。そして、同時に、本来人には自分自身の、そして他者の大切にしているものに心を配り、耳を傾けようとする力が備わっている。そうした前提がNVCの根っこにはある。

もう少し踏み込んで言えば、自分が大切にしていることがあると自覚することが、他の人もきっと大切にしていることを持っているだろう、という想像力につながる。その点で、NVCの世界観は、相手をどうこうしようというところから出発しない。NVCは自分自身とつながる手段でもあるのだから。

一方、日常的なコミュニケーションの中で、ニーズを素直に表現したり、あるいは相手の真に意図するものを捉えようとしたりするのはなかなか難しい。普段僕たちが取ってしまいがちなコミュニケーションのうち、いくつかは暴力的に機能してしまう。そうではなく、本来的に人に備わる思いやりを十分に発揮するために、NVCの4つのプロセスが役立つ。

・観察:起きていることを、評価を交えずに観察する。
(具体的には先述のワークショップ2日目「観察」のワークを参照のこと)

・感情:「思っていること」と「感じていること」を区別し、自分がどう感じているかを表現する。
例:A「わたしにはギター奏者の才能がないと感じる」 → B「ギター奏者としての自分にがっかりしている」

・ニーズ:自分の感情の根底に何があるのかを見極め、自分が必要としていることを自覚する。
例:A「契約を破棄するなんて、ほんとうに腹が立つ!」 → B「彼らが契約を破棄したときに、ほんとうに腹立たしく感じた。そういう行為は非常に無責任だと思うから。
※Aは「腹が立つ!」原因を相手側の行動のせいにしている。一方、Bはその奥にある自分の大切にしていること(責任を全うするというニーズ)が満たされなかったがゆえの感情であることを自覚している。相手の行動を自分の感情の原因とせず、自分の感情の責任をとっている。

・リクエスト:自分のニーズが満たされるであろう行動をとってもらうよう、具体的に相手に要求する。
(2日間のワークショップでは扱っていない。オブラートに包んだ表現を避けるには、自分のニーズを明確に自覚することが求められるため、この前段としての3つのプロセスを重視した結果だろう)

一連のプロセスを通じて、人は、自分自身の深いところとつながりながら、コミュニケーションを交わすことができる。自分自身のニーズに対して嘘をついたり背いたりせず、誠実であり続けることができる

このプロセスは、もちろん他者とのコミュニケーションにも応用が可能だ。NVCのプロセスに沿って自分の感情を知り、その根底にあるニーズを自覚するように、相手が何を観察しているかを把握し、感情とそれを引き起こしているニーズに共感を持って理解しようと試みることができる。相手を変えようとするのではなく、自分のかかわり方・きき方・はなし方を変えればよいという意味で、この実践は一人から始められる。

人は誰しも、大切にしたいことを心の奥底に持っている。わたしも、あなたも。きっと、日々の暮らしの中でかかわる人たちの内なる想いを、そして、自分自身の深いところにあるニーズを、大切に取り扱うための手段があれば、人生はもっと豊かになる。そのための手段として、NVCは体系立てられた。

ここまで読んでいただき、さらにNVCに興味を持った方は、ぜひ書籍を手に取ってみていただきたい。自分の家族や職場の同僚、そしてもちろん自分自身とのコミュニケーションの中で、活用できそうな場面をイメージできると思う。僕も、多少のお手伝いはできると思う。あなたから始められるNVC、気になった方は、ぜひ。


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