Category Archive: 自分事

あるものを生かす。これまでも、これからも~「都市をたたむ」という作法~

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この本を読み終わった後で、
自分の中に残ったものが2つある。

1つは、「計画」の捉え方について。

この本では、その意味を「内的な力による変化を、整えて捌くもの」と定義して考えていきたい。

都市をたたむ 人口減少時代をデザインする都市計画

変化は、それを生み出すエネルギーがあって起こるものであり、
計画はエネルギーを持った変化があることで初めて意味を持つ。

テスト勉強が計画通り進まないのは計画が悪いからではなく、
計画されただけの量を勉強する気が起こらないところにある。
勉強への意欲が一定量期待できてようやく計画の質を問う段になる。

言われてみればその通りだ。嘘みたいにシンプルな論理。


もう1つは、「スポンジ化」という縮小のあり方に対して。

都市は都合よく縮小しない。そこに住む個々人の意志により、
”大いなる意志”などないことを証明するが如く振る舞う。

高度経済成長期には、たまたま「成長」という単一軸があった。
それが、粗っぽく見れば全体として秩序立てて見えたかもしれない。
それこそ、計画通りに思えるほどの拡大っぷりだったのではないか。

 

戦後、都市はどのような形であれ成長するしかなかった。
そのエネルギーが生む変化をうまく捌くために都市計画があった。
計画は、あくまでも成長へと向かう変化を前提としていた。

しかし、高度経済成長期への未練というか、
人口減少社会を前提とするOSへの切替の遅さを鑑みると、
この事実が、ある時点でねじ曲がってしまったのではないか、と思える。

つまり、日本人が戦後「内的な力による変化」を計画し、
その計画により成長が生じたのだ、という誤解に。

日本の成長を計画のおかげだと頭のどこかで思う人ならば、
少子高齢化でも計画的に人口は増やせるなんて考えていそうで怖い。

多くのエネルギーが束ねられることで、大きな変化が生じる。
エネルギーの総量が減り、向かう先の統一も図れないのならば、
これからの時代にもう一度変化を求めるのは酷なのだと思う。

 

「都市をたたむ」では、小さな単位で、
場合に応じて解決策を考えるという提案がなされていた。
それは、都市計画に限らず人口減少社会ならではの方向性のように思う。

ちょうど、とある学校への提案資料に、
これからは一人ひとりがますます大切になる社会だ、と書いた。

まちづくりであっても、教育であっても、
これからは一人ひとりのエネルギーの重要性が相対的に増す。
だから、それぞれの発生源を生かすこと、何か損なうものがあれば
個別に取り除きあるいは和らげることが求められる。

逆に、計画が先行すれば、どこかに無理が生じる。
グローバル人材は確かにこれからの日本に必要かもしれないが、
計画を実現しうるだけのエネルギーが賄えるかどうかは別の話だ。
(「エネルギーが賄えるか」なんて、酷い表現だ…)

 

「都市をたたむ」との出会いはとてもタイムリーだった。
それに、五城目への移住のタイミングに重なるというのも運が良い。
どうやったらその方向性を実現できるのかを考えていきたい。


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12年ぶりの秋田暮らしの不慣れさについて

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五城目町への引っ越しから約3週間が経つ(転入してからは数日)。
久々の秋田暮らしではあるけれど、車を運転するようになり、
かつほとんどなじみのない土地であるおかげで、
いちいち新鮮に感じられ、騒がしい日々になっている。

上京、都内での引っ越し、海士町への移住。

住むところや環境が変わったことは何度かあったけれど、
毎度これほどに刺激があったものだろうか。

刺激は、活力にもなり、ストレスにもなる。
油断していると、蓄積したストレスをアドレナリンでおさえつけて
変に興奮した状態になっていることがあるようだ。
公道をドライブ中に自覚することもままあり、なお危ない。

もうすぐ30になるというのに、この浮つき具合といったら、
社会生活そのものへの不慣れさではないかと思えるほどだ。

秋田は確かに広く、車の存在は暮らしの経験を一変させる。
さらには、お酒を飲めるかどうかが一日の長さを決める。
秋田の何をも知らず東京へ発った自分を責める手立てがない。

そうして11年が経ち、なるほど多くのことを知ったが、
これからの秋田暮らしではどれも必要なようで決定打がない。
あるとすれば、そうした雑多なものを拾い集めて来た
自分自身の感性だけが、最後に残るもののように思う。
(ということは前の記事にも書いたが)

結局、これからますます問われるのは自分自身であり、
それは「どれだけ蓄積してこれたか」という形としてでなく、
「どれだけ損なわず育めてこれたか」が焦点になるように思う。
僕は、だから、なるべくごまかさず、ぼやかさず、
率直に、自分の感性の導く方へと歩むようにしたい。

今日という日が正解であったかどうかは、
明日という日をどう生きるかによって決まる。

ふとそんな言葉を思いついたのだった。


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秋田県五城目町に移住しました

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この3月末に、約5年半を過ごした海士町を離れ、
秋田県の五城目町に移住することとなった。
地元は大仙市神宮寺(旧神岡町)だったのだけど、
いろいろな縁がつながってこの五城目町に決めた。

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就職活動を始めたあたりからずっと、
将来は秋田に戻ろうと思っていた。
そこは東京からさらに離れた海士町に移住してからも
ずっと変わることのない、一貫した軸だった。
メールアドレスは「30才までに秋田に帰る」と宣言していた。

「本当に秋田が好きなんですね」とよく言われるが、
どうしても秋田でなければならない理由というものが実はない。

「好きに理由はいらない」とかそういう話ではなくて。
僕は田舎が向いていないという自覚を持っているし、
どちらかというと秋田が嫌になって出たのだけれど、
さらにその懸念点は10年ちょっとで解消されるわけもなく、
いよいよその渦中に飛び込まざるを得ないという状況認識がある。

それでも、「秋田に戻る」という方向性が揺らぐことはなかった。
思うに、僕は就職活動の時点で、自分の出番や役割が
将来の秋田にある(し、つくれる)と直感していたようだ。

それはどうしたって「直感」なのだけれど、
この手のインスピレーションは従っておいてまず損はない。
むしろこの「直感」が、自分の奥底から生まれる素直な「感性」こそが、
これまでに自分が育み培ってきた数少ないものの一つだと思う。

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海士から秋田に戻るまで、約2週間ほどかけて
松江、京都、大阪、和歌山、横浜、東京、福島、宮城を、
行きたい場所でなく会いたい人を辿るように巡ってきた。
その旅路があって、僕は自分にとって能力やスキルよりも
「感性」こそが重要なのだと気づくことができた。
それは、今後も折に触れて立ち返る原点になるのだろう。

 

ふと、このブログのタイトルが目に留まる。

秋田で幸せな暮らしを考える

いよいよ秋田に戻ってきたのだな、と思う。


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