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プランドハプンスタンス理論の基本-正解を選ぼうとするな

カテゴリ:世の中の事


「選んだ選択肢を正解にする」

高校2年の終わりに某S予備校主催の勉強合宿に参加したときに聞いたのがこの言葉。

正解を選ぼうとするな。選んだ選択肢を正解にするんだ。

一語一語正確に覚えていませんが、趣旨はだいたいこんな感じ。
英語講師の大島先生の言葉です。
(高校時代の教員の名前もうっかり忘れてしまうほどなのに、大島先生の名前は覚えているんですよね)

大島先生はこの話を結婚に例えていました。

“理想の伴侶を選び出すなんて土台無理。むしろ選んだ相手を理想の伴侶に仕立て上げる方が合理的である。”

この言葉は今でもはっきり覚えています。講義の内容はすっかり忘れてしまったのに。
そして、僕は大学生活や就職活動など分かれ道に立ったときにはいつもこの”格言”に立ち返っていました。
もちろん、東京での仕事を辞めて、海士町に来るときも。

あるとき、「その幸運は偶然ではないんです!」という本を読んで、気づきました。
「この”格言”は、まさにプランドハプンスタンス理論そのものじゃないか」と。

プランドハプンスタンス理論(Planned Happenstance Theory: 計画的偶発性理論)が提唱されたのは1999年。
提唱者であるクランボルツ教授らは数百人に及ぶ成功したビジネスパーソンへの調査の結果、その内の8割が「いまある自分のキャリアは予期せぬ偶然に因るものだ」と答えるという驚きの結果を得ました。
そこから導き出されたのがこの理論です。

プランドハプンスタンス理論とは

プランド・ハップンスタンス理論は以下の3つの骨子から構成されます。
【1】個人のキャリアは、予期しない偶然の出来事によってその8割が形成される
【2】その偶然の出来事を、当人の主体性や努力によって最大限に活用し、キャリアを歩む力に発展させることができる
【3】偶然の出来事をただ待つのではなく、それを意図的に生み出すように積極的に行動したり、自分の周りに起きていることに心を研ぎ澄ませることで自らのキャリアを創造する機会を増やすことができる

Educate.co.jp | プランド・ハップンスタンス理論

先述したとおり、プランドハプンスタンス理論は「キャリアは偶然に左右されて形成される」ということを前提とします。
したがって、偶然を機会に転換できるかどうか機会となりえる偶然を自分の手元に引き寄せられるかどうか、が鍵となります。

ここでは中長期的な計画の必要性は問われていません。
仕事や学習の目標が不要というわけではありませんが、クランボルツ教授は逆算方式について無駄どころかかえって有害ですらある、と指摘しています(詳しくは後述)。
ゴールを一心に見据えるその目には、偶然は「機会の原石」どころか「単なる障害」になりえるからです。
しかし、偶然に左右されるキャリア形成において偶然を見逃すことほどの損失はありません

では、偶然をキャリア形成に活かすには日頃どのような態度をとればよいのでしょうか。

【1】好奇心 : 新しい学びの機会を模索せよ
【2】持続性 : 失敗に負けずに努力し続けよ
【3】柔軟性 : 姿勢や状況を変えよ
【4】楽観性 : 新しい機会は必ずやってきて、それを自分のものにすることができると考えよ
【5】冒険心 : 結果がどうなるか見えない場合でも行動を起こせ

この5要素が求められるスキルになります。
いずれも最近のビジネス書で注目されているものばかりであり、その重要性は言うまでもありません。

その幸運は偶然ではないんです!」で僕が注目したのは、「【5】冒険心」の話。
つまるところ「リスクをテイクしろ」という提言ですが、あえて危険の中に身を投じろと言っているわけではないことに注意が必要です。

むしろクランボルツ教授は「いきなり大きなリスクを取るな」と主張します。
新しいチャレンジは小さく始め、いい手応えがあれば足場を固めた上で大きく踏み出せば良いのです。

今の仕事とは畑違いのマーケティングに携わりたいと思ったとき、いきなり今の仕事を辞めるのは得策ではありません。
マーケティングの業務経験がないのであれば、「隣の芝生が青く見えた」だけかもしれない。
やはり「こんなはずじゃなかった!」と後悔する回数はなるべく減らしたいものです。

決断を急ぐ前に、お金や時間を投じなくてもできることはいくつもあります
例えば関連書を読んだり、勉強会に参加したり、実際にその仕事をしている人に話を聞いたり…。

そうして「やっぱりマーケティングが面白い!」と実感できたら、具体的に動き出せばいいでしょう。
うまくいけば、勉強会などで知り合った人脈に頼って転職先の候補を見つけることだってできます。
ちょっと足を踏み出すことで、新しい出会いが思わぬ契機をもたらしてくれる可能性があるのです。

本書では「フツーの人たち」のエピソードがふんだんに紹介されているのも好印象です。
「偶然の機会」は誰にでも訪れうるという事実を、より身近に感じることができるでしょう。
小さな次の一歩を踏み出すヒントを得ることができるかもしれません。

キャリア教育の大きな問題

さて、ここで現行のキャリア教育の問題に触れつつ、既存のキャリア感の課題に触れてみます。

小中高で行われているのは、今の自分の興味・関心から将来やりたいことを考え、それを実現するためにどのような進路をとればいいかを計画させるものが主流です。
まずはゴールを設定させ、そのゴールまでの道のりを逆算で考えさせるわけですね。

この逆算方式には限界があることがお分かりでしょうか。
まず、キャリアを考える子ども自身は、働くということ、そしてキャリアを形成するということについて実体験を持たず、知識もほとんどありません。
最近では職業体験の取り組みが盛んですが、これはあくまで体験であり、労働の対価として報酬を得る経験にはほど遠いわけです。
乏しい情報をやりくりして導き出された答えは、本当に自分のやりたいことを正確に反映しているものになるでしょうか
ゴールを決めるためには往々にして「自己分析」の手法が用いられますが、果たして子どもに適切な「自己分析」ができるのかも疑問が残ります。

さらに、将来が予測不可能な時代になっていることもまた課題となります。
世界はグローバル化のあらゆる現象の影響下に置かれつつあります。
僕自身の話をすれば、大学4年次の9月、リーマンショックが起こりました。
おかげで3年次に就職活動で足を運んだ不動産金融系の企業の多くが倒産の憂き目にあっています。
そんなこと、僕が就職活動をしていた頃にどうして予想することができたでしょう。

子どもたちがなりたいと思っている仕事は、10年後にはもうなくなっているかもしれません
10年後にはなくなるかもしれない仕事や働き方をゴールに据えさせることは本当に正しいことなのでしょうか。

ゴールを描いたところで、実現のための手段が十分に提供されるわけではない、という点も指摘せずにはいられません。
キャリア教育では子どもに「こうなりたい」を膨らませるよう求めるというのは前述のとおりです。
しかし、ゴールの実現に必要な手段に目を向けると、日本の学校教育で提供されるのは教科教育が主流です。
具体的な手段(技術・スキル)を得るためには、大学や専門学校に入らない限り支援できないわけです。
(職業訓練など具体的なスキルを伸ばす機会が与えられることがどれだけあるでしょうか?)
「自分らしさの追求や自己実現という欲求は強化されるのに、それを達成する手段が与えられない状態を、社会学者はアノミーと呼んでいるが、自己実現をめぐっても、まさに自己実現アノミーと呼べる状態が生じている。」とは苅谷剛彦氏の言。
職業高校でエンジニアとしてのキャリアを思い描きながら、実際に工学を学びゴールに近づく、というアプローチは、普通科が圧倒的多数(かつ職業教育軽視)の日本ではむしろ稀です。
※詳しくは本田由紀著「教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ」をご参照のこと。

こうして見ると、現行のキャリア教育―逆算方式には改善すべき点が多数あることに気づかされます。
自分のやりたいことを見つけることなんて、大人でも大変なのに…と思う方は少なくないはず。
それを大人よりも職業経験の乏しい子どもにさせているわけです。

また逆算方式は大学生の就職活動の際にも主流になっている点も危惧するべきでしょう。
就職活動中に考えたキャリアプランと、社会人5年目で考えるキャリアプランとでは、どちらの精度が高いかは明白でしょう
逆算方式で打ち立てたゴールを達成することがその時々のベストであるとは限らないのです。

限界を迎えつつある既存の理論からどのように方向転換すれば良いか。
その答えの一つとなるのが、プランドハプンスタンス理論というわけです。

プランドハプンスタンス理論の課題ともうひとつのキャリア理論

とはいえプランドハプンスタンス理論は「ビジネス書」的要素が強く、個人の努力に任される部分が多いのが難点です。
「キャリア形成の80%は偶然」という観点は非常に重要ですが、ともすれば自己啓発の論調を感じます。

このプランドハプンスタンス理論を取り込みつつ、異なるキャリア理論を提唱しているのが金井壽宏教授です。
彼の提唱する「キャリア・トランジション・モデル」は、「ヤング・ミドル・シニア」とそれぞれのライフコースごとにキャリアの性質や課題を整理し、一貫したキャリア・デザインについて論じています。
「トランジション」とは「移行」であり、あるキャリア段階から次のキャリア段階へ移る「節目」に彼は注目します。 
以前に書評記事を書きましたので、詳細はこちらをご参照ください

改めて、「正解を選ぼうとしない」

偶然に左右される世界では正解を選ぼうとする態度がかえって望ましくない結果をもたらすものです。
就職活動でいえば、入社前(どの会社に入るか)よりも、入社後(内定先で充実した仕事ができるかどうか)の方がよっぽど大事なわけです。

今この瞬間にベストを尽くすことこそが、将来の可能性を拡げてくれるもっとも有効な手段だと僕は思います。
どれだけ一生懸命将来のことを考えたとしても、今目の前にある仕事で結果を出し、スキルを積み、人間関係を深め、可能性を広げていくことを怠っては意味がありません。

僕自身就職活動を経て思うことは、その瞬間瞬間を充実させてきた人たちの方が魅力的である、ということです。
正解を選ぼうとするあまり周囲の目ばかりを気にするようになり、世間的な評価基準(そんなものがあればの話ですが)に基づいてできる限り良さそうなところへと流れていくだけになってしまうのがもっとも怖いのはご存知のとおり。
その態度には主体性など存在しえず、目の前を横切る偶然を機会と捉える目も当然欠如しています。

正解を選ぼうとするな。選んだ選択肢を正解にするんだ。

こんな時代だからこそ、この言葉は金言たりえるのです。
改めて大島先生に感謝しつつ、一生この言葉とともに生きていきたいと思っています。

色々と書きましたが、プランドハプンスタンス理論は21世紀の教養として
誰もが認識するべき多くの示唆を含んでいるものです。

プランドハプンスタンス理論を一度学んでみたい方は、
まずは提唱者であるクランボルツ教授の著書↓を手に取ってみてください。


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