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「もったいない」をなくしたいのかもしれないという話

カテゴリ:自分事


以前から「人と人とのかかわり方のかみ合わせをよくしたい」というモチベーションが自分の中にあるって感じていたのだけれど、それって具体的にどんな感情に根差すものなのだろうか、ということを改めて考え直す場面があった。どうも、「もっと前向きな関わり方ができて、相乗効果が生まれる可能性があるのに、その人のモチベーションが生かされていない」と感じると、なんとなく萎えてしまうらしい。

「かみ合えばもっとうまくやれるはずなのに、もったいない

そう、「もったいない」と思ってしまう。「もったいない」を何とかできないものかなという思考が勝手に走る。落としどころを探そうとする。「その会社辞めてこういう会社探したらいいのに」とか。それを実行に移すどうかはまた別の話で、それはその状況と僕自身との距離感とか、僕自身が作用できそうかどうかという変数が加わる。

いつでも「もったいない」と思うわけではなくて、そもそも消極的に関わっていて不満ばかり言っている状態とか、そういう様子を見てもあまり心動かされない。前向きな気持ちや希望を持っていたのに、とか、関わり方や見方を変えれば今あるリソースでも良い変化を起こせそうなのに、みたいな感じ。「もっとよくなるかも」「まだ可能性はある」と思うから「もったいない」と思える。そもそものスタートからおかしいよね、と感じた時には、「もうやめちゃえば?」とか平気で言ってしまう場面もある。つまりそこに発展性を見出せないものを改善しようというモチベーションは、あんまりない。

人には向き・不向きがあるし、合う・合わないがあるという前提がある。だから合わない状態なら「合わせる」と「状況をそもそも変える」という選択肢があって、「合わせる」ことに意味を見いだせるかどうかは、ケースバイケース。どうしようもなく合わないよね、向いていないよね、という話と、かみ合わせが悪いよね、という話がある。後者なら、もしかしたらその状況の中でも工夫次第で何とかなるかも、という感じ。

 


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