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なぜ海士町という島根の離島にIターンが移住するのか?

カテゴリ:世の中の事


僕が住んでいる島、海士町は「Iターンが集まる島」として有名になっている。
なお、Iターンとはその土地に地縁のない移住者を指す。

実際、人口2400人を下回る離島でIターン人口は約1割と言われている。
なぜ本土から60km離れた離島に、これだけ島外から移住者が集まるのか。
その理由は例えば山内町長の本でも紹介されている。

ここではIターンの視点から、海士町に移住者が集まる理由について
個人的に思うところをまとめてみたい。

先に断っておくが、特に真新しいことを言うつもりはない。
考えれば当然のことを当たり前に整理しただけだ。

Iターンはなぜ海士町に移住するのか(プッシュ要因)

さて、Iターンにとって海士町の何が魅力だったのか。

まず個人的な経緯をたどると、海士町に移住したきっかけは4つに整理できる。

(1)海士町を勧めてくれる知り合いがいたから。

僕が海士町を知ったのは高校時代からの友人(@takuro5296)経由。
彼の強い勧めによって海士町に関心を持ち、
さらに彼のレコメンドに従って海士町を訪れた友人3人からも勧められ、
「そこまで言うならば」と就職目前の時期に海士町を訪れることになった。

友人という情報源の威力には驚いてしまう。
高校魅力化プロジェクトのスタッフも人の縁によって誘われた人ばかりだ。

余談だが、僕を含む同僚3人は移住するまで接点がなかったが、
Facebookを見ると移住前からお互いの間に共通の友人がいたらしい。
島暮らしを始めて、かえって人のつながりの面白さを感じる機会が増えた。

(2)海士町に一度訪れたことがあったから。

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そうして2009年2月、僕は初めて海士町を訪れることになった。
島で出会い交流した人はみな気さくでいい人ばかりだったし、
夜の飲み会では酒の力もあって島の人の志に触れることができた。

僕自身の秋田への思いに共感してくれる人がいたことも有難かった。
滞在日数は3泊4日とそう長くはなかったが、
島を離れるころにはすっかり海士ファンになっていた。

(3)海士町での仕事が面白そうだったから。

(1)(2)で海士町とのつながりができた僕は、
就職後もRSSやTwitter経由で海士町に関わる情報を集めだした。
秋田にAターンする際に、海士の取組から学ぶことが多いという確信があったからだ。

島へ移住するきっかけは、2010年の夏にTLを流れた一つのTweetだった。

島の高校魅力化の取り組みと公営塾の運営をサポートするスタッフを募集します

元々「田舎」と「教育」のキーワードに興味があった僕にはまたとない求人だ。
当時の仕事も、非常に忙しかった時期を乗り越えてひと段落したタイミング。
そのTweetを見てすぐに連絡をとったことを今でもはっきりと覚えている。

(4)地域活性化の先進地・海士町で学べることは多いと思ったから。

仕事内容もそうだが、海士町という環境そのものが僕にとっては魅力的だった。
田舎の人間関係に違和感を覚えて東京の大学に進学した身としては、
海士町という田舎で暮らすこと、地域活性化の現場で仕事をすることは
田舎の魅力・価値をもう一度見直せるいいチャレンジだと思ったから。

また、都会で得たスキルを田舎に持ち帰るというのは
Uターンとしては割とメジャーな経路だと思う一方、
田舎での経験を田舎に持ち帰るというキャリアは
ユニークなものになり得るだろう、という打算もあった。

 

卑近な例を一般化するのも恐縮だが、
(1)~(4)を整理すると、以下のような要因がIターンにつながると考えられる。

1.海士町との出会いのきっかけをもたらすつながりや情報源の存在
2.海士町という土地、あるいは関係者との直接的なつながり
3.海士町に存在する仕事との興味・関心のマッチング
4.海士町での仕事・暮らしと自分が描く将来像のリンク

実際、僕の周りにいるIターンの多くは
こうしたきっかけによって海士町に吸い寄せられたと言えると思う。

つまり、上記のような形で仕事や住む場所を選ぶ人は
徐々にだが増えているということだ。

海士町はなぜ移住者にとって魅力なのか(プル要因)

では海士町の魅力は何なのか。
これも海士町暮らしで感じてきたことから自分なりにまとめてみたいと思う。

(1)島に住む人の魅力

第一にはやはり人に惹かれた、という部分が大きい。

地元出身で役場など主要ポストで活躍する人はもちろん、
決してメディアに取り上げられるようなことはないが
この土地に根差し、楽しく暮らしを送る人が多数いる。

また、それに惹かれて集まるIターンもまた魅力的な人が多い。
それぞれに志を持っていたり、個性があったり、
島暮らし、田舎暮らしを思いっきり満喫していたり。

そういう人たちに囲まれて生活をしていると刺激があるし、
僕としてはささやかなりともその一員になれるというのがうれしい。

(2)「企て」の魅力

「海士町には『企て』がある」と言ったのは
元リッツ・カールトン日本法人代表の高野登さんだった。

海士町は歩みを止めない。
それは立ち止まる余裕がないからでもあるが、
この島にはだから常に何らかの「企て」がある。

地域に面白い仕事がある、ということは、
誰かがチャレンジをしている、ということと同義なのだ。
それが地域に関わり、地域やさらには社会に貢献する余白を生み出していく。

(3)島暮らしの魅力

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(仕事に関してはだいたいどこもそれなりにハードだが)
暮らしの充実へエネルギーを注ぎやすい、という印象がある。
やや抽象的な言い方になってしまうが、
「こういう暮らしがしたい」と思うこととそれを実現することの距離が短い。

「その気になれば」出勤前や退勤後に釣りを楽しむこともできるし、
知り合いとおすそ分けしあったり、梅酒を漬けたり、
BBQしたり、夜は流れ星を眺めたり、と遊びには事欠かない。

また仲間を見つけるのも割と簡単だ。
楽しそうなことに対する嗅覚が鋭い人が多いというのがポイントである。

実は8月からこの島でシェアハウス暮らしを始めたが、
恐らく東京に居続けていたらシェアをしようなんて発想は出てこなかった。
暮らしを大切にしている人たちに囲まれる中で、
シェアハウスの魅力を感じた部分は少なからずあったと思う。

(4)Iターンの多さ

最後の理由は「魅力」とは異なるかもしれない。
移住する上で自分と同じく島外から人が集まっているという事実は
移住のハードルを下げてくれる。この効果は割と無視できないと思う。

実際、縁もゆかりもない土地への移住はハードルが高い。
「先駆者」の存在は移住先での振る舞いや
暗黙的なルールを教えてくれるし、何より仲間がいるという安心がある。

田舎から都市部へ人が移るのも、
それが当たり前になるほど先駆者が多数いるからとも言える。
また、都市には土地固有の暗黙知的な要素は少ない。
そうした理由から移住へのハードルが低いと見ることもできる。

さらに言えば、海士町の地域住民も外からの移住者に慣れている。
困ったときに相談できる人が地元民にいるというのも安心につながる。

まとめてみて:定住促進は当たり前の積み重ね

こうまとめてみると特に真新しいことはないように思える。
面白い人。面白い仕事。面白い暮らし。
あとは移住後の不安を受け止めてくれる人の存在。

地域の魅力なしに定住促進なんてありえない、と僕は思っている。
制度ばかり充実したところで、やりがいのある仕事や
土地に根差した充実の暮らし、生活上の安心がなければ人は定着しない。
家賃は安いが風呂無のぼろアパートを終の棲家にしようとは思わないように。

移住に関心を持つ層のマジョリティの声を正面から受け止めるべきだ。
しかしながら、ずっとその土地に住み続けているような人が
そうした新しいニーズに共感できるか、という点に難しさがある。
地域に「ワカモノ・バカモノ・ヨソモノ」が必要だという話もよくわかる。

思いを持った住民の中には、永住する意志がある/ないを
そのヨソモノが信頼に値するかどうかの尺度にしている人は少なくない。
しかし、永住するかどうかを移住の段階で決断するのは難しい。

残念ながら移住先などいくらでも候補がある。売り手市場だ。
異物に一方的な期待を押し付けるのではなく、
地域の側が寛容さをもって異物を受け入れ、
「ずっとここにいたい」と思ってもらうような暮らしづくりを手伝う、
もし移住者が地域を出ると判断しても責めない、という姿勢が欠かせない。

そうした人と人との間の当たり前のコミュニケーションを積み重ること。
自分たち自身が暮らし”がい”を持てる地域をつくっていくこと。 
まずは王道としてそこを目指すべきではないだろうか。

もちろん、海士町モデルが唯一の解ではない。
話を聞く限りでは、僕は神山町の方が好みかもしれない、と思う。

なお、ここまでのまとめはあくまで僕の主観に基づくものであり、
海士町の移住者のすべてを書き切れていないことは付け加えておく。


関連する記事

「G型大学」「L型大学」の個人的な解釈

カテゴリ:世の中の事


最近Twitterを賑わせているこの件。

「L型大学って何!?」文部科学省が大学を職業訓練校化しようとしていたことが発覚し、ネット大炎上 – NAVER まとめ

ネットでは「こんなことが国で議論されているなんて」という驚きと共に
批判的な声が挙がっているが、僕としてはこの提案に違和感はない。
(冨山氏の著書を読んでいたということも大きいと思うが)

僕の解釈を以下に述べる。

「G型大学」と「L型大学」の射程

「G型大学」が想定しているのは、グローバル企業の経営幹部や
技術的なイノベーションをもたらす人材の輩出である。
その担い手になれる若者は同年代の何割か?という話。

すべての大学生がグローバル企業に就職できるわけではない。
しかしながら現在の大学教育は、医歯薬理工等の専門教育を除き
多くが教養や汎用的な能力の要請に終始しており、
それは大企業への就職をモデルコースとしているからだ。

今後グローバル企業はますます知識集約的になり、
求められる人材もよりハイスペックになっていく。
それなのに大学生のほとんどをそこに送り込むスタンスで良いのか?
大学のミッションとして、ローカルな産業の担い手育成を
明確に掲げる方が、労働市場のニーズに応えられるのではないか?

というところから始まったのが「G/L」の区別だと思っている。

「L型大学」のあるべき姿

「G型大学」はハイスペック人材の輩出に特化するものだ。
では「L型大学」は具体的に何を目指せばよいか?

日本のローカル経済は労働集約的な産業が大きな割合を占める。
例えば、教育、医療・福祉、インフラ、小売業などがこれに当たる。

そうした産業は専門的な能力(産業特殊的技能)が求められる。
また、多くは中小企業であり、大企業ほどの社内教育体制を持たない。
したがって汎用的な能力(一般的技能)を身に付ける機会の創出は
そこで働く(働こうとする)個人にある程度委ねざるを得ない。

したがって「L型大学」では大きくはローカル経済の担い手、
具体的には汎用的な能力に加えて専門的なスキルを身に付けており、
かつ自ら能力開発に取り組める人材の輩出が必要となるだろう。

全国規模の経営戦略の構築は「G型人材」の仕事だが、
大きな方針の下で各店舗の運営を担うのは「L型人材」の仕事。
そこには経営学の理論よりも、より実践的な知識が求められる。

また、ローカル経済の射程には個人事業主も含まれる。
個人でカフェを経営するときに必要なのも「L型」人材要件だ。
MBAを取得する必要はないが、実店舗を経営するための諸知識や
接遇など基本的なコミュニケーションのスキルは必要だろう。

こうした人材を育ててほしいというローカル経済側のニーズは
今後ますます膨らむと思われる。

「G型大学」「L型大学」への批判への反論

以上のようなスタンスから、冨山氏への批判の声に対して、
ツッコミを入れておきたいところがいくつかある。

批判1.「実践的な能力」なんてすぐ陳腐化する、意味ない

この批判自体はある意味で的を得ている。
問題は「実践的な能力」の捉え方だと思う。

ある会社や産業に固有の技能というのは時代と共に陳腐化する。
しかし、就職という入り口の時点では(いずれ陳腐化するにせよ)
その数年の間即戦力として求められるスキルであり、
「実践的な能力」はそういう意味で求職者を助けるものだ。

もう一つ、「実践的な能力」の中には恐らく汎用的なものも含まれる。
汎用的な能力(ジェネリック・スキル)とは、
批判的思考、問題解決、コミュニケーションといったものを指す。
こうした力を身に付けるということも「L型大学」の射程に入るだろう。

批判2.大学を職業訓練校化させるべきじゃない

この批判の裏には「職業訓練校」蔑視がふんだんに盛り込まれている。
これだけ職業教育が軽んじられているのは先進諸国の中では珍しい部類だ。

大学が職業訓練校化すると何がまずいのか

教育と雇用の接続は先進諸国共通の課題だ。
そして社会保障分野での研究でも指摘されている通り、
雇用とのつながりは社会全体とのつながりを生み出す大きな役割を果たす。

このblogosの記事は空論のオンパレードで途中で読むのをやめた。
教育はその個人の人生を豊かにするためだけにあるわけではないし、
職業訓練校はその個人の人生を無視するものだ、という見方もひどい。

まとめ:著書を読んでから批判するべし

これだけ批判が上がるのも一部分のみを取り出されてしまったからで、
手っ取り早いのは冨山氏の著書を手に取ってみることだろう。

なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)

また、教育と雇用の接続の課題を知ることも必要と思われる。

この本は専門書だが浅く広く読みやすい仕様になっている。
「G/L」の議論においては、実際に高校生や大学生が
就職する際にどのような困難に直面するのかをまず知るべきだ。
また、「新しい能力観」についても避けて通れないと思う。

多くの人にとっては「寝耳に水」であり、内容も過激だったことが
受け入れがたさにつながっているのだと思う。
一方ですんなりと意図を汲む人もいることは頭に留めた方がいい。
決して突拍子のない提案ではないことはここで強調しておきたい。


関連する記事

地域資源を活用したイベントを通じた移住・定住促進の仕組み素案

カテゴリ:世の中の事


なんだか論文かレポートのタイトルみたいですが。

先日、兵庫県の高校生と島の高校生とのディスカッションに参加しました。
お題は「島前地域を元気にするイベントを考えてください」。

・島前地域の課題とは何か。
・地域の「元気」とはどういう状態を指すか
・以上を踏まえてどのようなイベントが効果的か

イベントの是非は一旦脇に置きつつ、プロセスや価値観を重視した議論となりました。

地域の課題はやっぱり人口減少

生徒+大人30名を5班に分けてのグループディスカッション。
どの班からも課題として挙がったのが、「少子高齢化」。
「後継者不足」「仕事がない」なんて課題も出ましたね。

「少子高齢化」。21世紀における日本の最たる課題です。
単純に考えれば、Uターン率の向上、あるいは定住促進につなげる必要が出てきます。

しかし、単に「収益が上がる」「観光客が増える」が定住促進にはつながりません。
「面白いイベントがある」からUターンする、というのも相当にロジックを積まない限り、そう簡単に説明できるものではないでしょう。

このあたりがやはり既存の「イベント」そのものの難しさだなあと感じました。

それでも定住促進につなげるイベントを

僕がいた班ではこういうアイデアが出ました。

スポーツイベントは人が集まる。でもただマラソン大会なんかしても魅力がない。
競技中に山菜や海産物を採集し、ゴールしたあとに調理するイベントはどうか。

これ、元ネタは北海道のカレーライスマラソンです。
詳しくはリンク先を見ていただきたいのですが、結構面白そうですよね。

実現可能性はともかく、「人を集める」に関しては、悪くないなあという感じがします。
では、「移住・定住促進」についてはどうか。
ここはやはり高校生にとっては実感のわかない課題のようで、意見もなかなか出ませんでした。

ここからはジャストアイデアです。

「スポーツイベント」に「スカウト」制度を取り込んだらどうか、と。

スポーツイベントで上位に入るような体力の持ち主であれば
島の第一次産業の担い手としてはもってこい。

さらに山菜、海産物の採集がミッションになるのならば、
島で暮らす者として、あるいは漁師としての適正を見極められるかもしれません。

イベント後の交流会などでめぼしい参加者に島の人が声をかけ、スカウトする。
島外の人が島(の人)を気に入るように、というのはどうも一方通行な感じがします。
島内の人が島外の人を気に入る、住んでほしいと思える機会も必要なのかなと。

さらには、引きこもり支援の一環で、島外から引きこもりの人を集めて毎日トレーニングし、
数ヶ月のトレーニング後に本番のマラソン大会を走ってもらう、みたいなやり方もありかなと。
「心」のケアは田舎では難しいものですが、「体力づくり」「マラソン完走」を目標にすれば、
関わり方もシンプルになるし、目標が達成できることで自信を持つことができるはずです。
もしかしたら島を気に入って、そのまま残ってくれるようになるかもしれません。
ここでも「スカウト」が機能する可能性はあります。

声を掛けることで記憶に残る

「スカウト」をアイデアとして提示したのには理由があります。
ほかならぬ僕自身が、学生時代に海士に来たときに「スカウト」を受けたからです。
本気ではないと分かりつつも、「こげな仕事あっけん、来てごせな」といわれると、
やっぱり頭の片隅に残るんですね。「こういう可能性もあるかもなぁ」と。

そのときは単なる「可能性」かもしれませんが、転機が訪れたときに、
「スカウトされた」という記憶が蘇り、有力な「選択肢」となるかもしれないのです。
(事実、僕がそうでしたから)

「ありがとう」、「また来てね」。
イベントで地域の人から送られる言葉は、どうしても全体に向けたものになりがち。
参加者一人一人との関係性をつくることが、リピーターづくりにつながり、
もしかしたら移住・定住促進につながるのではないか。

そんなことを思いながら、この記事を書いてみたのでした。


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