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日本文化の形成(宮本常一著)(1)-蝦夷について

カテゴリ:読書の記録

東北学 忘れられた東北 」を読み、「」に関心を持ち始めて早2年。
宮本常一の遺稿である本書の冒頭でも、「蝦夷」が語られていました。

膨大な知識とフィールドワークによって積み重ねられた知見が織り成す独自の論考。
発想の豊かさ、自由度に驚かされるばかりです。

エミシという言葉

冒頭。

エビスという言葉がある。夷の字を書くことが多いが、蝦夷とも書いた。そして、古くはエミシとよぶことが多かったようで、蘇我蝦夷という人の名はソガノエミシとよんでいる。蘇我蝦夷は蘇我氏の氏長で大和の飛鳥のあたりにいて大きな勢力を持ち、紀元六四五年に中大兄皇子、中臣鎌足らに攻められて、その邸で自殺しているが、それまで大和地方で最も大きい勢力を持っていた。その人がどうして蝦夷と名乗っていたのであろうか。

日本文化の形成

日本史の教科書に蝦夷が初めて登場するのは恐らく坂上田村麻呂の件でしょう。
中央国家から見れば、制圧され、支配されるべき存在であった「蝦夷」という言葉を以って、蘇我入鹿の父であるほどの人物がなぜ蝦夷と名乗ったのか。

蝦夷は毛人とも書き、いずれも高貴な身分の者が名乗る例があります。
著者は、この毛人という字面から、冒頭の素朴な疑問の答えとして「毛が深かったためではないか」と言っています。
しかしながら、「毛が深い」という認識は「毛が薄い」人との接触、そして比較によってはじめて自覚されるものです。

そういうところへ、朝鮮半島を経由して多くの人々が渡来し、国土統一の上に大きな役割を果たした。朝鮮半島を経由して来た人びとはもともと貧毛の人が多かった。貧毛の人たちからすれば多毛な人はたくましく見えるであろう。毛人と書き、エミシと名乗る人たちの心の中にはそうしたたくましさへのあこがれもあったはずである。そしてその人たちは外から渡来してきた人たちではなく、もともとそこに古くから住んでいた人たちであった。

日本文化の形成

古来から日本に住んでいた人たちは毛深く、大陸から来た人たちは貧毛であった。

著者は、毛深い原住民は「狩猟や漁撈」をその主な生活手段としていたと書いています。
その点で、縄文文化時代においては、北海道・東北は西南日本と比較して食料が豊富であり、人口密度も高く、文化的に優れていたと推測しています。

エミシとは誰か、そして、誰でないのか

ところが、大和の地に国家が成立するにつれて、原住民は異端視されることとなりました。
七二〇年に完成した日本書紀には、「東夷の中に、蝦夷是れ尤だ強し。」と始まって、東国から東北にかけ、身体能力が高く、農耕に従わず、狩猟に従事する人びとが存在し、いかに野蛮であるかが描かれています。

といっても、これに留まらず、蝦夷は東北に限らず西南日本にもいたようであることが指摘されています。
その根拠を著者は「古事記」や「日本書紀」に求めます。

登場するのは、あの「恵比寿様」です。

(中略)このコトシロヌシを、後世の人はエビス神としてまつっている。とくにこれをまつっているのは、古くは漁民仲間が多い。そして漁民たちは日本の沿岸に多数住みすいており、漁民もまたエビスであった。

日本文化の形成

コトシロヌシはもともと出雲の地にいたのが高天原から下ってきた二人の神に国をゆずったという「日本書紀」の記述や、狩猟民から神としてまつられていたことから、エビスは狩猟を生業とする日本古来の原住民を指すのではないか。
地理的な問題で日本列島を統一した大和の国家と接触する機会に乏しい東北の原住民たちは、国家からはいつまでたっても「エビス」のままであって、いつしか「エビス」は未開を意味することとなった。

そう著者は指摘しています。

また、「日本書紀」「風土記」では、土蜘蛛や海人(あま)と呼ばれた人々が描かれており、彼らは関東以西にあって漁撈や狩猟を生業とするものたちでした。
彼らもまた縄文文化の伝統を受け継ぐものではないかと指摘しています。

以上のように、蝦夷とはもともと縄文期から日本にいた人たちであって、統一国家が形成されてなおその文化の影響を受けず、縄文期以来の文化を継続させていた人たちのことであるというのが著者の主張するところでありました。
関東以西にいた土蜘蛛や海人たちは徐々に大陸文化を取り込んだ統一国家に支配され、彼らの生活は大きく変わったものと思われます。
一方、北海道・東北にいた蝦夷たちは、西南日本で形成された統一国家との地理的な関係性の結果によって、つまり原住民とは異なる文化を持つ人たちの繁栄によってはじめて異端視されることとなったのです。

 

では、縄文期から住んでいた毛深い人を野蛮であると書きたてた国家のルーツとはなんなのでしょうか。

これについては次の記事でまとめたいと思います。

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