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「田舎に仕事がない」のホントとウソ、マルチワークの現実的可能性

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田舎に仕事はあるし、ない

五城目町に移住してだいたい1年半くらい。新参者のくせに、今や五城目に移住してわくわく働く人を募集するような仕事もしている。移住に関心がある人との接点が増えるにつれ、具体的な質問を受けることが多くなった。

定番の質問は、もちろん、「ぶっちゃけ、田舎って仕事あるんですか?」。

僕の結論としては「あるにはあるし、ないと言えばない」の一言に尽きる。僕自身、フリーランスに文字通り片足を突っ込んでいると、安定的な収入の目途が立っているわけではないので、「仕事はあります!」と偉そうに言うことはできない。一方で、なんとか収入を確保することはできているという言い方もできる。僕のように「教育」や「移住」といったニッチな(お金になりにくい)守備範囲であっても「仕事がないことはない」。

以上はフリーという立場からだが、「求人・雇用」という観点で見ても、同様のことが言える。今、日本のいろんなところで起きているのが、低賃金・単純作業の仕事の担い手不足(例えば工場の組み立てとか)。つまり、仕事はあるのに、人がいない。さらに、田舎で不足しているのが、専門的なスキルを持っている人だ。例えば、僕の身近な例としては、デザイン周りやシステム周りで求人を出しているがいい人が見つからないという声をちらほらと聞く(僕自身も自社の採用がなかなか進まず困っている)。「あるにはある」のだが、ミスマッチが起きているらしい。たぶん、県内で仕事を求めている多くの人が、「そこまでの専門性はないがそこそこ待遇のいいホワイトカラー職」を探しているのではないかと思う(本当かどうかはわからない)。

フルタイム正社員の仕事は市街地を離れれば離れるほど減る印象があるが、まったくないわけではない。この記事を書いている今この瞬間に五城目町内のフルタイム求人をハローワークで調べてみたが、「医療、福祉」「小売」「農林業」「建設業」が主で、人気のありそうな一般事務みたいな仕事はあんまりなさそう。

以上をまとめると、「田舎の仕事のリアルなところ」はこんな感じだろうか。

みんなにとって魅力的な仕事(求人)は少ない(あるいは人を選ぶ)が、選ばなければ一応はある

当たり前といえば当たり前の結論になってしまった。そして僕の場合は、まさに「選びたい」と思ってしまったがために、フリーランス的な働き方に向かざるを得なかったということになる。

求人の有無=仕事の有無か?

一方、「求人がないことは、その土地でその職種のニーズが少ないことと必ずしもイコールではない」ということも、もしかしたら言えるのではないか、と思う。別に会社経営に詳しいわけでもない僕が説明するのも気が引けるが、企業が人を雇うというのは大変にコストがかかる。田舎の中小企業が一人フルタイムで雇うというのは大きな決断だ。そして、業種の違いはあるにせよ、多かれ少なかれ法人を維持・発展させるために必要な業務というのが発生する。それは営業だったり、事務だったり、経理だったり、いろんな職種として切り分けられる。

フリーランスという立場になって気づいたことは、「ピンポイントでこの業務ができる人手が欲しい(がフルタイムで雇う余裕はない)」というニーズがあるからこそ企業は外注するのであり、そこにフリーランスの活躍の場があるという、これまた当たり前のことだった。「販促のチラシをつくってほしい」「POSレジの導入を0からサポートしてほしい」「硬直化した企業風土を立て直したい」みたいなニーズは、必ずしも継続的にあるわけではなく、その都度のものだから、外出しする。このニーズに人を雇うという対応をするのは「販促ツールのデザイン性を高めることが企業戦略である」みたいな判断があるからだと思う多分(もちろん資金的余裕も)。

僕がフリーランスとして仕事を請けているのはまさにこういったニーズがあるからであって、大抵は単発だったりプロジェクトベースだったりする。例えば僕が秋田に来てからの仕事は、WEBサイトのライティング作業、ワークショップの企画運営、講演やイベントでのゲスト出演、県からの委託事業などなど。

先に挙げたニーズの例は単発っぽい感じだが、「経理専門のスタッフを雇うほどではないが、創業者が毎月手を取られている」とか「長期的な視野でマーケティングを担う人材にかかわってほしい」みたいなニーズも僕の周囲で実際ある。こうしたニーズを業務量に換算した場合、中小企業だと週1~2に収まるくらいになってしまう。結果、フルタイムで雇うということにはもちろんならない。パートタイムでやってくれる人が見つかればいいが、なかなか短時間だけ働きたい高度技能人材というのは乏しい(出産と共に仕事を辞めた後子育てがひと段落した女性とかならあり得るかも)。

田舎にある「求人にならないニーズ」を集めると

こうしたニーズに対応するのは、一つはいわゆるITによる仕組化、自動化の導入。これもなかなか田舎で広がらないソリューションの一つ。なぜなら専門家が少ないし、規模が小さすぎると専門家に頼む余力がないから。

もう一つ、考えられる手立てがある。そして、それは、田舎で自分のやりたい仕事や専門性を生かした仕事をするために実験する価値のある可能性と思っている。これが記事タイトルにも持ってきた「マルチワーク」。複数の企業をまたいで業務を請け負う。週1の業務が5件あればフルタイムの仕事、という考え方。あるいは、春~秋は農作業をし、冬は酒蔵で仕込みをする、みたいな季節労働の組み合わせもあり得るだろう。前者はどちらかと言えばフリーランスの業務委託契約や士業の仕事の仕方に近く、後者は「百姓」という言葉の原義に近い(農業法人のように、繁閑の差がある仕事は当たり前にあるわけで)。

今年度、僕も企画運営にかかわっている「五城目ナリワイクリエイティブ」という移住者募集の枠組み。これは、五城目という町で(そして、きっと全国のいろんなところで)当たり前のように行われている、小さなニーズと一人ひとりができることを掛け合わせた「仕事づくり」に触れてみることで、田舎で暮らし働くことの少し違った可能性を感じてもらいたい(なんなら移住してくれてもいいんだよ)、というものだ。

「求人にならないニーズ」をハローワークやリクナビのようにネット上で検索して探し求めるというのは多分難しい。求人になりきらない分、ニーズが顕在化しているわけではなく(諦めて現状を受け入れているケースも)、フルタイムで抱え込んで育てるということもできないため、誰でもウェルカムとはしづらい。一言でいうと、「いい人がいたら……」という感じ。むしろ、巡り合わせや人の縁によって、「じゃあうちの仕事手伝う?」となるパターンの方が(五城目の場合は)多いような気がする。まさに、「掛け合わせ」の妙であり、既存の求人という”枠”を用意することも、それにすっぽりと収まってくれる人を募集するということもなかなか難しいのではというのが肌感覚。

五城目ナリワイクリエイティブ」の枠組みで、10月20日~22日に現地ツアーを実施する。このタイミングでは、具体的な求人を紹介するというよりは、とにかく現地を周りながら人と出会い、ニーズを探り、自分のやりたいことやできることを発信し、「掛け合わせ」の妙にたどりつけるかどうかにトライしてみたい、と思っている。単に、そっちの方が、何か面白い仕事ができそうだから、という理由。

幸い、兼業や副業が注目を集めているところなので、時流に乗りつつ、時流の先取りをするような感じで、この五城目で自分自身がまずは実験台になるところから始めてみたいと思っている。

しかしこの本が日本で出版されたのが2002年とか、恐ろしいな……。


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Code for Akitaのキックオフイベントに参加してみて

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昨日、Code for Akitaのキックオフイベントに参加してきました。

オープンデータ活用しようぜ! というお題目はぼんやりと分かったつもり。でも、「じゃあ具体的にこの秋田においてどういう場面で活用できるのだろう?」ということもイメージできない状態での参加。会場である秋田市役所に向かう直前は「まあ、仕事の一環だから」というくらいのモチベーションだったというのが正直なところですが、とりあえず行くだけ行ってみたのでした。

しかし、結論から言えば、あの場にいれて良かったなあと思っています。備忘録がてら、ここに(あくまで僕が)何をお土産に持ち帰ったのかを書いてみようと思います。

何のためのオープンデータ?

一言で言うならば、「オープンデータの活用」というのは目的ではなく手段であるという視点を得られたのが、当日の大きな収穫でした。では、その目的とは何か? 僕は、「日本社会のOSのアップデート」ということなのかな、と受け取っています。

僕が住んでいる五城目町では、みんなが好き勝手に町というフィールドで遊ぶように仕事したり、企てたり、仕掛けたりしています。そこには行政の明確な「計画」がありません。トップダウンの強いリーダーもいませんし、スローガンとかあったっけ? というレベル。あえて言えば、(一部の人たちで)「世界一子どもが育つまち」というゆるいテーマ設定があるくらい(「世界一子どもが育つまちをつくろう!」でもないところからしてゆるい)。

人口減少とか少子高齢化ってとりあえず「課題だ」って言われがちなんですよね。ところが、五城目に住んでみると、単なる「現象」でしかないよね、という認識を共有する人たちと出会いました。こういう大きな言葉を「課題」に設定すると、経験則ですが、検討された「解決策」も大味になる印象があります。そうすると、そのお題目に集まる人たちの思惑もばらばらになり、課題解決は進まないし、結果、疲弊する。そういうパターン、見たことありませんか?

五城目で起きていることは、「課題解決」というより「一人ひとりがやりたいことを必要に応じて協働しながらやっている」という表現が近いように思います。やりたいことをやっているから継続する。やりたいことを互いに支え合う文化もゆるやかにある。だから、秩序立っていないけど、何かが起きる。それが「良いもの」だったら、結果的に町のため、地域の人のためになる。

いきなり五城目の話になってしまいましたが、何を言いたいかというと、オープンデータの活用は、こうした「勝手な企て」を促進するものである、ということです。この文脈から総務省が掲げる「オープンデータの意義・目的」を読んでみると、なんとなく、捉えやすくなるような気がします。

まちづくりをアップデートする

“まちづくり”という言葉はいろんな人がそれぞれにイメージするものが違うと思いますが、五城目のそれは「まちづくらないまちづくり」と言えるかもしれません。なにせ、町に関わる人が好き勝手に朝市を盛り上げたり、ラーメン二郎をみんなでつくったり、パーリーしたり、空き家をリノベしたりしているわけですから。そうした点の一つ一つが集積して線になり、面になる。10か年の都市計画がなくても、ぽつぽつとそうした動きが生まれている。

ここにおいて、行政は、住民にとって一つのリソースであり、必要に応じて活用するものとなります。もちろん、行政が主体となり、予算をつけて取り組む事業もありますが、その守備範囲を超えたところを、住民側が勝手にカバーしていると見ることもできる。しかも、当事者である住民が自ら着手するものだから、場合によっては具体的な課題に対して効果的な解決策が施されるケースも出てくる。

こうした民間主導の企てがぽこぽこと生まれてくるのが21世紀の”まちづくり”の在り方なのだろうな、というのが直感的に思うところです。やりたい人がやりたいことをやりたいようにやる。これを促す手段の一つとして、オープンデータと、それに伴うテクノロジーの活用があるのではないでしょうか。

昨日のイベントで紹介された事例として、「保育園マップ」というアプリがあります。北海道のとある女性が「保育園マップが欲しい」という一言から開発されたこのアプリは、保育園の位置情報だけでなく待機児童数などの情報が閲覧できるものです。現在も電話したりネットで調べたりすれば探せないこともないものですが、データとして活用するには「HTMLから引っこ抜く」といった(活用する側からすれば)無駄な手間がかかる場合も多い。子育て中のパパママがそれぞれ情報を取得しているなんて考えているだけで……実に効率化したくなる案件です。実際、リリースされてからの反響は大きく、今や各地で「保育園マップ」がつくられているそうです。

もちろん、行政等が持つ情報を、誰でも入手できて活用しやすい形式でオープンデータ化するというだけで、何かしらの解決策が出てくるとは限りません。しかし、活用可能なデータがあることで、誰かがそれを勝手にハックしていい感じに実装してくれる可能性が生まれるわけです。その可能性に賭ける。なんなら、ハッカソン・アイデアソンという場で(タウンミーティングでもいい)、住民のニーズを引き出し、しまいにはプレイヤーを集めてしまえばいい。「住民主体」とか「官民連携」という言葉の想起させる未来っぽい雰囲気、ありますよね。

Code for Akitaの意義

一人一台スマホを持つ時代ですから、情報をデジタル化し、共有可能なものにすれば、みんなが利用できるようになります。ガラケー時代は、山中で不法投棄された車を見つけ役場に電話しても、口頭で位置を伝えるのが難しかった。しかし今や、写真を撮って位置情報を送れば、手間なく的確に通報できます。

「こうしたら、もうちょっと便利になるのに」

オープンデータは、こうした個人の思いつきがテクノロジーによって実現しやすい時代の要請とも言えます。とはいえ、一般人がすぐにアプリ開発できるわけでもないし、そもそもデータがあってもそれをどう活用できるかをイメージするのも難しい。だからこそ、Code for Akitaのように、専門性を持ち、かつその専門性によってより住みやすい地域づくりを一般の人たちの手元に引き寄せようとする人たちの存在が大きくなります。

五城目の人々が手掛けるような、好き勝手な「まちづくらないまちづくり」は、オープンデータの存在によってそのカバレッジを一層拡大できるでしょう。一方、「データがあるから活用してみる」という思考では、いまいちつまらないものばかり出てくる予感もあります。(たぶん)オープンデータは、それを扱える専門家だけでなく、その当事者や現場のプレイヤーがいてはじめて生き生きと活用されるもの。その点で、中途半端にエンジニア経験があり、一方そうした現場にも片足を突っ込みつつある僕自身も関われる部分があるように思います。

今回のキックオフイベントの多くはIT関係者と行政関係者で構成されているようでした。そりゃあ、「IT」とか「オープンデータ」とか言われても、一般の人は寄り付きがたいわけで。この隔たりをどうブリッジできるか。

大枠として、自分なりに「オープンデータ」を把握できたかなと思います。今後はもう少し事例を調べつつ、例えば五城目だったらどんな可能性がありそうか、具体的なイメージができるようになりたいと思っています。

「ITとかよくわからんけど、なんか面白そう」って方、ぜひ一緒に勉強しましょう!


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「地域おこし系キャリアのセカンドキャリア問題」を自分を主語にして考える

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地域おこし系キャリアのセカンドキャリア問題を定義する

この記事の続き。

「地域おこし系キャリアのセカンドキャリア問題」を、「有期雇用で公共性の高い領域であるがゆえに、本人が充実しているにもかかわらず次の仕事を見つけるのが大変」という話に限定しよう、というのが前回の記事だった。

この記事では、「地域おこし系キャリアのセカンドキャリア」の真っ只中にいる僕自身のこの約1年間を振り返る。そして、地域おこし系キャリアでの経験はどのような形で生かすことができるのかを考える材料にしてみたいと思っている。

はじめに断っておくと、僕の例は経済的にはあまり成功していない(単にサボっているだけの部分もあるけど)。実家から享受できるメリットも最大限活用しているので、そのままの参考事例にはならないと思う。

2016年4月~7月

僕の秋田でのキャリアは、ハローワークから始まった。前職が一般財団法人の契約職員という雇用形態だったことから、失業保険を割とすぐ受け取れることが判明したのだ。それならば、焦ることなくじっくりと次の仕事を探そそうと気持ちを切り替えることができたのは結構大きかった。

求職期間中は、仕事を探すという以外には、主に五城目を中心に、ボランタリーに誰かの仕事を手伝ったり、イベントに顔を出して人と出会ったりという時間の使い方をしていた。五城目高校での授業づくり、矢島高校でのシンポジウムの打ち合わせ、入居企業の新規事業に関してのリサーチやブレスト。天狼院書店のライティングゼミを通信受講し始めたのは6月ごろ。シェアビレッジでのイベントにも積極的に参加し、一度主催もした。ゆるくつながりが生まれてきたが、具体的な仕事につながる話はすぐには見えてこなかったが、「今は種蒔の時期」と割り切っていたところも。

失業保険が出ていることで、これまでの経験が生かせそうなことを無償で手伝わせてもらえたのは、導入としては結果的によかったと思う。お金をもらうほど成果を出せるか自分でもわからないし、かといって収入がなければお金をもらわないわけにはいかない。そういうジレンマに陥ることなく、自分自身も勉強させてもらうような感じでいろいろ手を出せたことが、その後を考える材料の一つになったのは間違いない。決まった仕事がないのでフットワークも軽くいられた。この期間には県内の学生とも出会うことができ、それは今の仕事にもつながっている。

2016年8月~

8月頭には失業保険が切れる見込みだったが、7月に入ったあたりから実にちょうど良いタイミングで次の仕事の話が本格化する。そして、8/1に株式会社ウェブインパクトに入社し、そこが受託した県事業の「おこめつ部」の準備もスタート。そして、こちらも8月からお手伝いすることが決まった合同会社G-experienceの「クリマ!」の初回が、早速8月最初の日曜日に。土日もない生活が急に始まったという記憶がある(実際、Googleカレンダーも8月から急に埋まり出している)。

それからは、基本的に「ウェブインパクト」(IT企業)、「おこめつ部」(起業家育成、若者支援)、「G-experience」(教育)が仕事(有償も無償も)の軸になっている。「おこめつ部」が動き出したことでまた一つ声の掛けられ方が増えた感じ。個人で関わったことと言えば「ネコバリキャリアのつくりかた(五城目高校)」、「矢島高校地域連携応援フォーラム」、「あきた若者塾」、「ふろぷろ秋田」、「C-net交流会」など。どれも単発だけど、こう書くといろいろ声かけてもらっていたなと思い、本当にありがたい限り。なお、個人では県内大学生へのインタビューや、学生向けワークショップの試験的実施なんかもした。そういえば、公私問わず文章を書く機会もちょこちょこあった。天狼院書店のライティング・ゼミがあったおかげで周囲が声をかけてくれたこともあったし、頼まれてもとりあえず受けようという気になれたのだと思っている。

ウェブインパクトに入社したといってもフルタイムでなく、G-experienceとも業務委託だったため、その二つだけで週40時間は埋まらない。それは自分が手綱を引ける時間が多いということであり、空いた時間分の収入は自力で確保しなければならないということでもある。オフィスという場所に縛られる必要もなかったため、「就職した」というよりは、求職期間中の自由な時間の使い方にどちらかと言えば近いかなと思う。

12月からは「クリマ!」がなくなった関係で、急に仕事がなくなった感じがあった。雪が降り始めて車で出歩くことも減ったためか、内にこもって考え事をしたり自己研鑽に励むような時間の使い方だったように思う。ただ、「おこめつ部」がだんだんと本格化し、年度末っぽい案件もちょこちょこ入った関係で、2月からは割とばたばたしていた。

2017年4月~

来年度以降も引き続きウェブインパクトに所属し、「おこめつ部」も継続(の予定)。それ以外には年度末案件の一つで任意団体の設立に積極的に巻き込まれたので、ここにも力を割きたい。個人の名義では難しくても、関わりのある組織・団体をうまく活用しながら予算を確保できればと思っている。

一つの組織にコミットするというよりは、いろんなところに顔を出してパラレルワークを進めていくというこれまでの働き方を自分自身でちゃんと成り立たせるよう実験したい、という感じ。もうちょっと計画性というか見込みがあったほうがいいとは思っているけれど。

五城目暮らしの中で僕を支えていてくれたもの

こんな秩序を欠いた暮らしを送ることができているのは、自分の力だけではもちろんありえない。最も大きかったのは、BABAME BASEの存在。この廃校を活用したインキュベーションオフィスにウェブインパクトとして入居しているが、他の入居企業や地域おこし協力隊の皆さんに相談したり、時には相談されたり、という関係があり、ここで仕事をもらうことも多々あった。拠点があり、仲間がいるということがこんなにありがたいものだとは。

あとはもうとにかく人の縁に頼りっぱなしで、「自分ひとりでこれを成し遂げました」というものがほとんど思い当たらない。今住んでいるアパート(かなり好条件)だってツテがなければ入居できなかった。大学生とかも含めて、周囲に恵まれているとしか言いようがない。気持ちよく人に動いてもらえるような巻き込み方がもっとできるようになると、いろいろできそうなんだろうなという可能性をすごく感じている。

あと、Facebookはめちゃめちゃ活用している。メッセンジャーで仕事する時代はもう来ていたんだなと感じる。海士でも使っていたけど、頻度が違うし、関わる人も増えた。そして電話の回数が格段に減った。関わる組織の問題もあるだろうけど、そもそも電話番号を知らない人が結構多くて、通話が必要であればFacebookで電話かけるかSkypeするか、みたいな感じ。

逆に言えば、僕が普段関わっている層の多くはFacebookユーザーということになる。ごくたまに高校生相手にLINEとかTwitterとか。ちなみに社内コミュニケーションは基本メールかSkype、雑談っぽいのはチャットサービスを活用。

縁に恵まれているとするならば

島の元同僚に近況報告をしたとき、「縁をうまく生かしているんですね」というコメントをもらった。人と比べてどうかはわからないが、個人の感想としては、「生かしている」というよりは「恵まれている(運が良かった)」という印象。さて、その縁を引き寄せているものって何なのだろう。

一つ言えるとすれば、僕は割と「こういうことがしたい」「これこれに興味がある」「あれは問題だと思う」「それ、面白いね」みたいなことを割と口に出している。それで周りが「ああ、こいつはこういうことはやってくれそうだな」というのをイメージしやすいというのはあるかもしれない。

興味を持っていることに関してはキャッチボールができるので、たとえば「こういうことしたくて」みたいな話にも割と応じやすい。そうすると、学生でも「ちょっと時間もらえますか?」みたいに具体的な相談に発展する。それが仕事につながる割合は多くはないけど、ペイフォワードみたいな感じでとりあえず受けられるものは受けているかなと思う(今の働き方が可能にしている部分も多々あるけれども)。

自分から発信するか、相手の話を受信するかでしか、物事は進まない、という世界観が僕にはあるようだ。ブログを書いているのもそういう発信の一環という認識がある。黙々と、コツコツと、一人で何かを成し遂げるということができるタイプではないからというのもあるのだろうけど。

Facebookをやっている人とのかかわりが多いという意味では、そういう「発信」もなんらかしたい人たちだから、なにかしら縁としてつながるというのもあるのかもしれない。

縁を生かすべき理由

地域おこし系キャリアは、どうしても世の中のレールを外れる感じになりやすい。一般的な大企業でこうしたキャリアを評価してくれるイメージはあまりないし、そうなると、転職エージェントに登録してもなかなかオファーは来なさそうという印象がある。僕の前職はざっくり言えば「塾講師」になってしまうので、職務経歴としてはイマイチぱっとしない。

もちろん、これまでの経験をきちんと棚卸し、一般に認知されているスキルに言い換えることで、既存の転職市場で評価を受けるということは可能だ。実際、そうしたプロセスを通じて転職を遂げた人もいるとは聞く。しかし、仕事の見つけ方はそれだけではない。そこに難しさを感じるなら、別の手を考えてもいいと思う。

言うまでもないことだと思うが、縁を生かした方が「わかってもらえる」。外資系の企業では転職の際にリファレンスをかけることがあると聞くが、会ったこともない人の抽象化された職務経歴書を読むよりも明らかに具体的な情報のやり取りになる。知り合いに紹介された求人情報は、テキストとしてWEBサイトに掲載されているものよりも質・量共に充実しているだろう。あまり表に出てこないような情報も人づてにもたらされることが少なくないし。

そういう、定型化されていない、いっそ属人的と言っていいプロセスの中でこそ、地域おこし系キャリアが生かされる面って割とあるんじゃないかなあと思う。もちろん、縁がつながるかどうかは、周囲が「なんとなく信頼できそう」とか、「ああいうことをしたいって言ってたから、これ紹介してもいいかも」と思えるかどうかに依存するのだけれども。

この問題の議論の方向性

今回も結論を置かずに手前から考えてみたが、「そもそも人はどのように仕事を見つけるのか」ということを整理する必要があると感じている。今のところ、「経験を棚卸してスキルとして一般化し、既存の転職市場で評価されるのを待つ」という方向と、「縁を生かし、人づてに仕事を求める」という方向と、2通りあるのは見えてきた。単純に考えれば、前者の方向であれば「雑多に積み重ねた経験を整理するためには?」という話になるし、後者であれば「縁」というものをもうちょっと整理するとよいだろう。

あとは、「そもそも本人が次にやりたい仕事ってなんだろうね」という問題が残る。既存の転職市場の中で見つけるにしても、人づてに探すにしても、そこが言語化できていなければままならない。別に「やりたい」じゃなくても、「こういう職場で」とか、「信頼できるこの人と」とか、そういう動機でもいいんだけど、何かしらの優先順位がほしい。一度はレールを外れた地域おこし系キャリアの人たちの嗜好性を勝手に想像すれば、なんとなく、完全にぴったりな仕事って世の中に少なそう、というのもこの話題に絡まっている問題の一つ。その辺りからも手だてを考えないといけないかもしれない。

具体的にはまた次の記事に。


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