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ディープ・アクティブラーニングのメモ:序章・ディープ・アクティブラーニングへの誘い

カテゴリ:読書の記録


「アクティブラーニング」をちゃんと理解するために、
知人に薦められていた本書を購入。

内容は詰まっているが決して難しすぎず、
ブログにメモしながら読むのがよさそうなので。

アクティブラーニングの反省

「這い回る経験主義」という言葉があるが、
今日のアクティブラーニングは同じ失敗に陥っている。

そもそも、アクティブラーニングは
「網羅に焦点を合わせた指導」としての
講義形式の授業のアンチテーゼとして登場した。
しかし、今日のアクティブラーニングの実践の幾つかは
「活動に焦点を合わせた指導」に終始し、
対極にある講義型の問題は結局未解決のまま、
あるいは新たな問題が生じている現状がある。

ディープ・アクティブラーニング

「ディープ・アクティブラーニング」とは、
「深い学習」「深い理解」「深い関与」と、「深さ」の次元を考慮し、
真の意味で能動的な学習のあり方を提案するものだ。

「深さ」について言及する前に、
その前提となる”学習サイクルの6つのステップ”を紹介したい。

動機づけ―方向づけ―内化―外化―批評―コントロール

このうち、現状のアクティブラーニングで課題となりやすいのは
「内化(必要な知識の習得)」と「外化(知識の適用)」である。

講義型指導は内化に偏重しているという批判があったものの、
そのアンチテーゼは内化を軽視し過ぎたきらいがある。
そうした反省と次の段階への提案が本書に詰まっている(ようだ)。

以下、雑多にまとめていく。

・先行研究として学習への「深いアプローチ」という概念があるが、
評価方法もまた「深いアプローチ」を促す/阻害する要因となる。

・学習対象と能力のいずれもが重要と認識するべきである。
同時に、過去には知識そのものは低次のものと捉えられていたが、
「内化」と「外化」を繰り返す中で理解が深化することを考慮すべきである。

・身体的な活動に焦点をあてるのではなく、
”知的に”活発な学習の実現にこそ注力すべきである

 

 


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「2020年の大学入試問題」が対象とする人たちのこと

カテゴリ:自分事


本書で示されている「2020年大学入試改革」と
その方向性はなんとなくつかめたし、
ロジカルなその解説は納得感が高いのだが、
そのためにかえって判然としない点がある。
(著者のいうところの「モヤ感」だろうか)

子どもたちに高度な能力を身に付けてほしい、というのは分かる。
しかし、それはあらゆる子どもたちに求められているのだろうか。

これまでの教育は知識偏重である、という指摘はごもっともだ。
試験をパスすることが目的のいわゆる「浅い理解」に留まり、
もっと有意義な時間が過ごせるはずなのに!と
やるせない気持ちになる気持ちは僕にもある。

そうした想いはありつつも、ならばあらゆる子どもに
その教育課程において非常に高度な能力を求める、
というのは、それもまた強烈な違和感がある。

何よりも、著者が「あらゆる」子どもという射程を
極端なまでに想起していない、という印象が強い。
これからの大学入試改革の念頭にあるのは
エリートである、と言われた方がむしろ納得がいくくらいに。

2020年以降に進学先を失うかもしれない人たちのこと

そもそも、日本の大学進学率向上の背景には
「大学生の学力低下」や「マージナル大学」など、
大衆化と切っても切れない課題がある。

ものすごくぶっちゃけて言えば、
これまで大学に行くと想定されなかった層までもが
大学に進学している事態すらある(と思っている)。

そうした人たちが大学入試改革で振り落されるとしたら。

想起されるのは、たとえば「G/L論争」であったり、
その派生?としての「専門職大学(仮称)」である。

海外の事例としては、アメリカのコミュニティカレッジ、
フィンランドのポリテクニックなどだろうか。

大学入試改革の方向性はわかった。
この改革が目指すものに基づいた教育が実現できるのなら、
学校や教室はより子どもにとって意義あるものになるだろう。

しかし、それはグランドデザインとして十分なのだろうか。
取りこぼすものが出て来やしないだろうか。

そんな宿題を抱えつつ、まずはもう少し
大学入試改革がめざすもの、そしてそれとセットになる
「アクティブラーニング」についてもう少し勉強してみたい。


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「手離れが良い/悪い」問題

カテゴリ:自分事


勤務先で2回目のプログラミング講座を終えて帰宅。

今回は眼鏡男子ばかり5名の精鋭が集い、
それぞれ自分のペースで頭を抱えながらコードを書き、
約2時間半があっという間に過ぎたのだった。
前回の様子はこちら

学習に必要な情報はすべてWikiにアップしたことで、
当日は質問対応に終始。黙々と課題を進める生徒の姿に、
プログラミングというコンテンツの魅力を改めて思い知った。

僕は基本的にプログラミングを独学で進めて来たし、
身近に頼れる人がいない環境だったこともあって、
個人的には生徒も独学でどんどん進めてほしい、と思っている。

次回も企画すればリピートしてくれるであろう手応えはあったものの、
なるべく早い段階からわざわざ講座を設定せずとも
一人で、あるいは複数人で日時を合わせるなどして
プログラミングするように促せないものだろうか。

大人の勉強会を企画していてもそうなのだが、
自分自身、なかなか他の人との予定を鑑みながら
いちいち場を設定するのは心身ともに負荷がかかる。
持続可能にするためにも、手離れが必要だ。

しかし、現時点では手離れして自立するイメージが持てない。
もう少し手をかけないといけないのだが、どのようにすれば
自立する芽が育つのかという道筋も見えていない。

例えば、仕事の引継ぎであれば強制力も働き、
お互いに必要性を感じながら進めることはできる。
しかし、自主的な参加が前提の場においては、
自主性を育むということが必要なのだろうとは思う。

年度末を一旦の区切りとして、
自立の可能性を模索していかないといけない。


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