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「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」から見る福祉社会の姿

カテゴリ:読書の記録


日本の精神医療は、端的に言って「遅れている」。
本書を読了後、そう思わない人はいないのではないでしょうか。

個人的には、本書の眼差しを「精神医療」の範疇に留まらず、「社会的弱者」として社会から包摂されることなく、隔離されてしまった人たちを多数生み出している日本社会に対する大きなアンチテーゼとして捉えるべきではないかと感じました。

本書のポイント

タイトルどおり、イタリアは一八〇号法によって精神病院の新設を禁止し、予防、治療、リハビリは原則地域精神保健サービスの範疇で行うことを定めました。
この一八〇号は、イタリア精神医療改革の立役者の名前を取り、通称「バザーリア法」と呼ばれています。

本書の主張から先に並べてみます。

1.精神病患者の症状の悪化や慢性化は、精神病院の環境や治療方法によるところが大きい。

精神病院がますます患者の症状を悪化させている、というのがイタリアの精神保健改革者たちが口をそろえるところです。
逆に、地域医療(community medicine)の考え方により患者を社会で生きる一人の人間として捉え、患者が地域の中で生活しながら治療やリハビリを行うことで、患者は自己の病と共存しながら社会生活を営むことができる、ということを、著者は繰り返し主張しています。

ここで重要なのは、「目的」の設定の違いです。
精神病院では「何をしでかすかわからない患者を管理する」ことが重要なテーマでした。
ここには「臭いものには蓋をする」という精神が見え隠れします。
翻って地域医療では、患者を社会的に包摂すること(social inclusion)を重視しています。
彼らは、「困った患者」ではなく、地域医療サービスの「利用者」であり、「生活者」なのです。
生活と医療を切り離す既存の精神病院のあり方とは異なる患者観、精神医療観がそこにあります。

実際、イタリアの精神保健最先端の地では患者が地域内に居住できる住宅や生協などの職場が提供され、地域の中で他の住人と同じように生活を営めるような環境作りがなされています。

精神病院の、まるで収容所のような”管理”体制については、ぜひ本書をお読みになって確かめてみてください。
※もちろん、すべての精神病院がそうである、ということではないはずです。念のため。

 2.精神病院よりも地域医療の方がコストが安い。

地域医療のほうがこれまでの精神病院での治療よりも効果が高いだけでなく、コストが安い。
それもあってか、著者はイタリアの精神保健のあり方を絶賛しています。

実際、イタリア精神保健改革の最先端の地・トリエステ県では、精神医療費が1971年から1985年にかけて37%も削減された、と本書に記されています。

3.精神病院から地域医療への移行はそう簡単ではない。

とはいえ、治療効果やコスト削減のメリットを享受するためには、精神病院から地域医療への抜本的な移行が必要です。
著者によって絶賛されているイタリアですが、実際はまだまだ精神病院から脱却できない地域が残っているようです。

アメリカでも、精神病院の撤廃を進める政策がとられましたが、結果としては失敗しました。
なぜか。精神病院は縮小したものの、その次の受け皿となる地域医療サービスの拡充が進まなかったためです。
そのために、患者は精神病院から追い出され、そのままホームレスとなる人が続出しました。

精神病院の縮小と地域医療サービスへの移行はセットで行われる必要があります。
単に精神病院を規制すればよいわけでなく、地域医療サービスの拠点作りや旧来の精神医療従事者を地域医療サービス従事者へのシフトといった大仕事が多数発生することになります。
地域医療サービスは、医療従事者が患者の生活に入り込むことが求められます。投薬や入院による管理によって”楽に”稼ぐ事ができなくなるわけです。
改革は容易、とはとても言えないのが実情なのです。

イタリアにおけるトリエステ県を中心とした壮絶な改革のストーリーに触れたい方は、ぜひ本書を手にとってみて下さい。

4.日本の精神保健事情は遅れに遅れている

筆者が批判するような、精神病院を中心とする管理型の精神医療は、未だに日本のスタンダードのようです。
本書が世に出されたモチベーションも、おそらくそこが根本にあるのでしょう。

本書の巻末に日本における地域医療の事例が幾つか紹介されていますが(「べてるの家」なんかは有名ですね)、公的な対策がなされていないため、まだまだ個別の努力によって成り立っている部分が大きい、という印象を受けます。
「やどかりの里」を設立した谷中輝雄氏(精神科ソーシャルワーカー・現、仙台白百合女子大学教授)は本書の中でこのように語っています。

「やどかりの里は、精神病院から退院したくても引き受けてのない人々を退院させたいという、やむにやまれぬ事情から誕生しました。開始して間もなく、六十人ほどの利用希望者が現れたが、それは病院から出たいという人ではなくて、在宅で入退院を繰り返したり、医療を中断したりした統合失調症の人々でした。あれから二〇年の歳月が流れ、制度が変わって、やどかり周辺はアパートや作業所などもふえ、地域生活支援センターが配置された。やどかりの園域は、人口三万~五万の五つの区域に分けられて、三六五日、二四時間の支援体制もできた。そして、一〇年、二〇年という長期入院者が利用するようにもなった。でも、全国的にみれば、社会で暮らすシステムは全く不十分ですし、病院の患者抱え込みもなくならない。今、やるべきは、公的な二つの政策の遂行でしょう。国は、精神科病院のベッドを一〇年で半分にするための計画を立てて実行する。各市町村は、精神病の人々がそれぞれの市町村の中で暮らせるような社会資源をつくる。日本の精神保健の本当の夜明けは、この公的責任が果たされた時だと思います。」

精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本

日本の精神病院、そしてベッド数は世界でも群を抜いて多い、ということも本書には書かれています。
精神病院乱立の構造については、著者の仕事の中で繰り返し指摘されているようですので、ぜひそちらをご覧になってください。

本書の主張は精神医療だけに留まるのか

個人的には、イタリアの精神保健のあり方―患者は生活者であり、精神医療は地域という生活の場をベースに行われるべきだという立場―は、いわゆる”社会的弱者”と呼ばれるような人たちを生み出さない社会の実現に向けて、重要なヒントを投げかけているように思います。

所得格差、ジェンダー、アクセシビリティ、エスニシティ、マイノリティ…。

日本に生まれたからには、ほぼ例外なく何らかの社会(人間集団により構成された単位)の中に属することになります。
その「社会」が、すべての人にとって適応可能なものであることは、ほとんどの場合疑わしいでしょう。

欠陥を持つことが不可避である人間社会において、すべての人が生活を営める状況をつくりだす。
これこそが「福祉」という言葉のベースにあるのではないでしょうか。
そのためには、弱者は保護し、管理し、隔離する=社会から切り離すのではなく、共に地域で生活する=社会の一員として包摂するという観点が非常に重要である、そう考えます。

その観点からも、多くの人にこの本を手にとって貰いたいですね。


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「いま、地方で生きるということ」をいま、読むということ

カテゴリ:読書の記録


かかわり方のまなび方」などの著者、西村佳哲氏の近著。
2011年8月11日、あの震災からちょうど5ヶ月のタイミングで世に出された本書。

「書評」というよりは、僕自身にどう反映できるか、という観点でこの記事を書いてみようと思います。

地方で生きる

インタビュイーが、「地方」とか「土地」というものと自分との関係性をどのように捉えているかが端的に見えるような箇所を引用してみました。
個人的には、この中だと川北さんと田北さんのお話に、感じるものがありました。

―塚原さんが生きてゆく場所を判断する決め手のようなものは?

塚原 ないですね。どこでもいい。栗駒で、と思っているのは水が合ったのかな。僕、軽くアトピーなんですけど、あそこに行ったら少し楽になったんです。

いま、地方で生きるということ

―コミットするのは?

川北 ・・・・・・地域ではないなあ。土地でもないね。
 場所というより「機会」みたいなものかな。自分は「機会」に身を置いて、そこで暮らしている感じがする。

いま、地方で生きるということ

柏崎 地元から「1回は出てみたい」と田舎の人は思う。私もとりあえず北海道の大学に行って都会に出て。暮らしてみて。でも、なんかちょっと物足りなかった。

(中略)

私は北海道で自然を相手に仕事をして、自然の見方を教わった。「北海道っていいところだなー」と思っていたけど、戻ってきたら釜石もいい。「なんだ、あるじゃない!」ってあらためて気づいて、もっと釜石が好きになったんですよね。

いま、地方で生きるということ

―この後のことは、どのようにお考えですか?

徳吉 都市に戻ることはないと思います。今も東京にいくと、少しおかしくなっちゃんですよ。

(中略)

 遠野の父ちゃんや母ちゃんはね、物事への働きかけが身体から始まるんです。家畜などの生き物にもそうだし、人間にも。

いま、地方で生きるということ

矢吹 (中略)
 自分の存在が肯定されることを、私は求めているのかもしれないなと思う。ここはそれをしてもらえている場所なのかもしれませんね。
 で、ここから離れることがあっても全然いいと思っている。
 でもまずは、ここを活かすことが大事で。私がこの場所とやれることを、まずは最大限やるっていうことが大事。私は離れることもできます。でもここから引っ越すことはできないとか、ここで生まれ育った人もいて、そういう人たちに、この場所にいることを肯定してもらいたいんだと思う。それで「はしご市」をやっているんだと思う。

いま、地方で生きるということ

―なるほど。「地方の時代」じゃなかったんだね。

笹尾 そう、なかったの(笑)。

―もっと小さな単位だったんだ。

笹尾 そうなんですよね。すべての原因がそこにあるような気がしている。私が抱いていた問題意識は、辿ってゆくと全部そこにいく気がする。
 原発だってそうかも、と思ったりもするんです。家族を二の次にして空き進んでいくこと?

いま、地方で生きるということ

―酒井さん自身は、離れる準備を始めているということですか?

酒井 最近それが強くなって、準備をしなきゃと思っています。

―じゃあ、福岡からどこかへ移る可能性もあるんですね。

酒井 はい。自分自身の家族を持つことであるとか、一住人として、どう生きてゆくのかも考えていかないと。
 離れるというか、自分の変化を起こしてゆきたい。
 「どうしたらいいかわからないけど、街をもっと住みよいところにしたい」と考えている人たちがいるところに行きたいな、という気持ちもあります。少し物足りなくなってきているのかな?

いま、地方で生きるということ

―田北さんは、自分が生きてゆく場所を決めてゆく時、何を手がかりにしますか?

田北 僕は「将来こうなりたい」っていう目標がないんですよ。まったくなくて。

(中略)

 どういう仕事でもいいんですよ。たとえば嫁さんの実家はガソリンスタンドなんですけど、そこから「来て働いてくれないか?」と言われたら僕は行く。で、その中で役割を見出せばいいと思っていて、僕自身には「こういうことをやりたい」というのは本当にないんですよね。
 だから自分が住むべき場所も、その時その時で決まっていく。杖立も最初から住もうなんて思っていなかった。あるおばちゃんと飲んで話していた時に、「よし、じゃあ住もうかな」と思ったんです。
 そこに身を委ねるのは自分にとってすごく自然なことで、それしか考えられないというか。
 いま僕は独身だったら、福島に移り住んでいると思うんです。

いま、地方で生きるということ

自分の思い通りにしたいわけじゃない

自分の思い通りにいくことで「気持ちよい」と感じるようじゃ、まだ半人前なのかな。
@kamioka
Yushi Akimoto

最近、ある種のコミュニケーションに違和感を覚えることがたまにあります。

「あなたのためですよ」「みんなのためだから」という言葉が建前に聞こえてしまうコミュニケーション。
「自分の思い通りにしたいだけじゃん」という違和感。

月曜のフェリーで本土に戻った学生のインターン3名の受入期間中、彼らに向けて、そして自分たちへの戒めとして、何度も出てきた言葉を思い出します。

「島暮らしで大事なことは?」と尋ねて、ほぼ全島で聞けた回答は、上記のような「自分の価値観は控え目に」と「島と島民を尊敬すること」のふたつ。

http://magazineworld.jp/brutus/715/

「地元に帰りたい」ということを強く意識した就職活動期以降、秋田への帰り方を模索することが僕の中で最大のテーマとして君臨し続けています。
一方、「秋田に帰ったらあれがしたい、これがしたい」という気持ちは、徐々に薄れつつあります。
強いて言えば、「秋田で幸せに暮らしたい」「楽しい仲間との時間を過ごしたい」くらいかな。
地域に対して何か働きかけたい、とか、こういう仕事がしたい、という具体的なアイデアがあるわけではありません。

対象も、手段も、すべては可能性というか、選択肢の一つだと思うようになりました。
僕が秋田への帰り方を決めかねているのも、むしろ日を増すごとに決める気がなくなりつつあるのも、その影響かもしれません。

下手に専門性を持って帰ってしまうと、たぶん手段もそれに引きずられます。
手順としては、「それが本当に必要とされていることなのか?」を考えることが、先なのに。

いずれにせよ、地域の為に、そこに住む人の為に必要なことを念頭に置く配慮が常に求められるはずです。
むしろ、それだけ注意深くいることができれば、スキルとか、手段とかは後で考えるくらいでいいのかもしれません。
海士町にいると、徐々にそんな考え方にシフトするようになってきます。
僕自身が、元々専門性を武器にこの島に上陸したわけじゃない、ということにも関連しそうですが。

そう、僕は自分の思い通りにしたくて、秋田に帰りたいわけじゃないんです。
秋田に帰り、そこで時間を過ごすことで、自分がフィットする場を少しずつ探す、そんな暮らしを望んでいます。

ここにそれを明記しようと思い至ったのは、本書を読んだ影響かもしれません。

田舎暮らしとの相性

僕は、田舎が嫌で都会へ飛び出したタイプの人間です。
何が嫌かって、コミュニケーションが嫌でした。苦手といってもいいかもしれません。

常に何かを前進させるようなコミュニケーションを求めてしまっていることに、最近気が 付きました。
「反省(後悔)が早い」ことは自覚している自分の特徴の一つですが、それとも共通しています。

基本的に、「日常会話」が苦手です。
本書の中では徳吉さんが「遠野の父ちゃんや母ちゃんはね、物事への働きかけが身体から始まるんです。」と言っていますが、僕の指す「日常会話」ももしかしたらこれに似ているのかもしれませんね。
物心ついたときからそんな感じだったためか、今でも結構悩むことが多いです。
笑いが生まれたり、新しい視点に気づけたり、関係性を深めたり、物事が前進したり、そのような会話ができないことにフラストレーションを感じます。

僕が地元に帰る上で最も懸念しているのは、この点です。
はっきり言ってしまえば、東京での生活は気楽で、ある種居心地の良いものでした。

この辺り、どう折り合いを付けていくか、未だに答えが見つかりません。
本書を読んでも、そこに困っていない人たちばかりで、「すごいな」と思ってしまいます。

それでも

いずれにせよ、僕が生涯身を置く場所を考えたとき、そこは東京でも海士でもなく、秋田であることに今のところ違和感はありません。
具体的なイメージもなく、やりたいことを腹に決めているわけでもないため、秋田に帰る上で必要なこともよく分かっていませんが、今は目の前のことにきちんと取り組むことくらいしかできないんじゃないかと思います。
やりきるということができない自分自身には未だに嫌気が差しますが、それでも秋田に帰りたいという気持ちに付き合ってやるためにも。


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研修の場としての地域の可能性~海士での経験を通じて~

カテゴリ:世の中の事


通常業務に加えて、先週辺りから海士に来ている都内の私立大生3名の研修のコーディネートをしています。
視察に来られた方や業務補助をメインとして来島したインターン生の対応をしたことは何度もありますが、研修の中で参加者の成長を引き出すことを第一に考えたのは初めてなので、こちら側もいろいろ勉強になっています。

明日、2週間の研修の最終報告会があります。
それまでに何度かフィードバックの機会があったのですが、それに対して3名が自分なりに応えようとしている姿が見受けられました。
全く異なるタイプの3名が、最終報告会でどのようなアウトプットを出してくれるか、非常に興味があるところです。

そんなタイミングで、いろいろ思うことがあったので、簡単にまとめてみました。
(終わってからまとめたらいいじゃん、とも思いますが)

まとめ

書き出したらびっくりするくらい長かったので、ざっとまとめます。

・地域での研修受入は、他地域との差別化につながる(かも)
・利益目的だけだと、地域での研修受入は、辛い
・地域で研修受入を行うにはコーディネーターが必要
…地域のリソースと研修する側のニーズの把握とすり合わせ、プログラムの組み立て、関係性づくり
・海士の「もてなし」すごい!
・秋田もリソースいっぱいあるから受け入れたらいいじゃん!
→今まで秋田に来なかった層のネットワークを活用できるかも…。

研修の場としての地域の可能性

そもそも「研修」って何よ?というところですが、大きくは「スキル・知識の習得」と「マインドの変化・醸成」の二つの方向性があると思っています。
実際には、一つの研修には二つの目的が入り混じったかたちで実施されることが多いと思われます。

こんな記事もありました→価値のある研修とは?
「研修」という形式をとるのであれば、せっかくなら自習では得られないものを提供しようとするのが筋でしょう。

研修の場としての地域の活用方法に目を向けてみると、
・集中研修-隔離された場
・実地研修-実践、体験、フィールドワークをする場
の2種類がほとんどを占めているのではないでしょうか。

前者の場合は「どの地域か」ということはそこまで問題にならず、研修を受ける側(研修主体)は職場や普段の生活との距離やギャップの大きさを重要視する傾向にあるのではないでしょうか。
その場合、どうしても目に見える交通費、滞在費、距離、宿泊先の環境、食事の良さ、温泉があるかどうか、などで比較されてしまうのがネックです。
関東を例にすると、東京から車でも2~3時間程度の距離にあるところ、千葉や埼玉の田舎ら辺、箱根、伊豆なんかがよく利用されているイメージを勝手にもっています。

逆に、なかなか測りづらい地域の独自性や魅力を活かすなら、後者の可能性を追求するのが良さそうです。
海士町や秋田など、都市部と離れている場合、特に意識しなければいけないのがこの部分と言えるのではないでしょうか。
(ちなみに、観光面においても、差別化を図るために同様の観点が問われているように思います)

地域で実地研修プログラムを実施する際の課題

場所さえ確保すればいい集中研修の場合は、研修主体がプログラムを策定することがほとんどでしょう。
施設を利用する場合でも、形としては地域側が提供することになりますが、ほとんどは既存のサービス(温泉など)をそのまま提供することがほとんどなので、研修だからといって特別に地域側で工面することはないと思われます。

逆に、実地研修について考える場合、プログラムは基本的に地域側から提供する必要があります。
ここに、集中研修を受け入れる際には発生しない課題が浮上するポイントがあります。

・研修主体のニーズを地域が把握できない

研修主体として考えられるのは、企業、自治体や関連組織、NPO、大学など様々です。
主体がさまざまであるということは、それぞれの研修に対するニーズもばらばらである、ということです。

もちろん研修の目的は先に挙げた2通りで大きく括ることはできますが、正確にニーズを把握するには、それなりの経験やノウハウが必要です。
単に研修主体の言葉を鵜呑みにすればいいわけでなく、

・研修主体に応じてどのような研修成果が求められるか
・最近の研修の傾向(流行、時代背景など)を認識しているか
・研修主体の人数や日程を考慮できるか
・研修参加者のレベルやモチベーションを考慮できるか
・ニーズを正確に引き出すためのヒアリングができるか

などなど、配慮すべきことは結構多いです。

・研修主体のニーズに応じたプログラムを提供できない

研修主体のニーズが正確に把握されたとしても
・ニーズに応じたプログラムが地域側にあるか(あるいは組めるか)
・ニーズに応じてプログラムを選択することができるか
という問題が別個に付きまといます。

実際には、ニーズの把握に課題を抱えている地域は、同時にこの課題にも頭を悩ませるように思います。
日ごろから研修主体のニーズを把握できているということは、地域で提供できるものによってどのような研修のニーズを満たせるのかも検討できるということだからです。
地域側のリソースを把握できていれば、情報発信の段階で提供できるものを正確に伝えることができるので、研修主体のニーズとのミスマッチも回避しやすいでしょう。

ここにもスキル不足の問題があると言えますね。

・利益目的で研修を受け入れるのは難しい

実地研修受入の際には、基本的に地域側のリソースを割く必要があります。
そこにおける最大の課題は、人手を割けるか、という点です。
要は、「研修受入はめんどくさい」ということです。

地域が単独で研修受入が主な業務となっている組織・機関を持っている、ということは、あまり考えられません。
海士町ではほとんどの企業研修は巡の環が受入を行っていますが、大学や自治体の研修・調査・視察などは町が受け入れています。
後者の場合、町では研修主体ごと、あるいはニーズごとにコーディネートを行う部署が割り振られているようです。

つまり、通常業務と並行して研修の受入が行われます。
海士では担当課長が2~3日島外からの研修につきっきり、ということも、そこまで珍しい光景ではありません。

特に視察などの場合、滞在費と視察費が地域に落ちますが、コーディネートのコストはかなり大きいものがあります。
平常業務が滞ってしまう以上、あらゆる研修・視察を受け入れる地域(自治体)というのは、そう多くないのではないでしょうか。

実際問題として、「なぜ研修・視察を受け入れるのか」を組織内で明確にすることが求められると思います。
場合によってはメリットのない研修・視察受入は断ることも必要になるからです。

海士町の場合

他の自治体を良く知るわけではないですが、海士町では研修や視察の受入を積極的に行っていると感じます。
海士町は、まちづくりの分野では全国規模で有名なために研修・視察受入の依頼が多いという側面もありますが、それにしても歓迎ムードすら漂う感があります。

海士町の山内町長は「もてなし」という言葉をよく使われます。
田舎の人は見知らぬ人にも優しい、というイメージをなんとなく持たれている方も多いと思いますが、役場の課長陣をはじめとする方々がそれを体現している、という感じですね。
大きなコストがかかるにしても、人の縁を大切にする。有り体に言えば「一期一会」といったところでしょうか。

しかしながら、それが確実にファン層の拡大や新たなネットワークの構築に役立っているように見受けられます。
要人が来島した際の受入も隙がないのは、日ごろから「もてなし」が実践されているおかげかもしれません。

小さな島だからこそ、リソースの把握とプログラムへの組み込みがしやすい、という点も見逃せません。
研修や視察の場となりえる事業所や三セクとの関係性ができあがっているので、体験や視察を比較的気軽に依頼することができるのでしょう。

巡の環も、地域の人からの信頼作りを丁寧に進め、頼り頼られる関係性を構築することを重要視しているようですが、それによって海士でしかできない企業研修のプログラムづくりが可能となっている印象があります。
コーディネートする主体だけがリソースをすべて掌握している、ということはなかなか起こりにくいはず。
地域を研修のフィールドとするためには、関係性が重要となるのではないのではないでしょうか。

島のリソースに自信を持っていることも一因として挙げられそうです。
外から人を受け入れられることに抵抗感がないのは、見せたいもの、感じてほしいものがたくさんあるからこそかもしれません。

自信のあるリソースが増えればそれだけ研修プログラムの幅が広がり、多くの研修主体のニーズを満たすことが可能となります。
巡りの環は関係性の構築と並行して地域の人や資源、文化の魅力の掘り下げをしっかり行うことで、プログラムの精度、つまり「ニーズを満たせるかどうか」を高めることができているのかもしれません。

秋田で研修を受け入れるとしたら

僕の地元である秋田県で研修の受入を行うとしたら。

民の動きが活発化しつつある(と感じる)こともあり、研修のコアとなる「人」というリソースはたくさんあると思います。
第一次産業やそれに深く関連する食品加工の分野から見ても、例えば日本酒にまつわるストーリーは非常に魅力があるのではないでしょうか。
僕の地元の蔵でつくられている「やまとしずく」なんか、その典型ですね(お酒と実家の宣伝もかねて)。

先に上げた地域における研修受入の課題や海士町の特徴を見てみると、必要となるのは「コーディネーター」の存在であると言えるのではないでしょうか。

コーディネーターの役割は以下の通りです。
・リソースを把握する(関係性づくり)
・リソースをプログラム化する(リソースとニーズのすり合わせ)
・諸々の雑務の引き受け

地域のリソースを見極め、研修主体のニーズを踏まえながらプログラム化し、研修全体のスケジュール調整やアテンドを行う。
そのようなコーディネーターの存在によって、各事業主体の研修受入のスキルがさほど問われることなく、効果的な研修プログラムの提供を進めることができるはずです。

逆に言えば、今はコーディネーターが不在(あるいは不足)している段階ともいえます。
当然、秋田という地域そのものの方向性もあるでしょうが、一つの可能性として、検討してみるのもありなんじゃないでしょうか(根拠なし)。

もちろん、事業主体がスキルを身に付けるのも一つの手段だと思います。
例えば、秋田はグリーンツーリズムの足場がずいぶん固められており、農家民宿の開業も増えています。
そんな中、農業体験や田舎のゆとりある時間を楽しむという方向性以外に、学びの場としての農家民宿の可能性を考えることもできるのではないでしょうか。

現実性はとりあえず置いておくとしても、農家民宿のご主人がファシリテーターのスキルを習得することで、これまでの農家民宿が狙う層とは別のターゲットに秋田を訴求することができるかもしれません。
そのターゲットとなる人は、自身の人間的成長やよりより生き方に対する意識が高いと想像できます。
そのような層が秋田というフィールドに触れ、関心を持ち、かかわりを築き、交流が生まれることで、何か面白い影響が出てくるようにも思えます。

余談…僕が秋田での研修受入を提案する理由

海士町にIターンが多く訪れる理由として、ネットワークを持っている層が先行してIターンしてきたことが挙げられるのではないか、と勝手に思っています。

人のつながりが、海士ファン拡大に確実に結びついている。
海士に来てからというもの、そう思わされることがたびたびありました。
秋田というフィールドを学びの場として発信することで、そのようなネットワークを持つ層が集まってくる、そんな期待も込めて、こんな提案をしてみました。

※この話については、自分の中で整理ができたら、改めて記事にまとめようかなと思っています。


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